一体どういうことなのだろう? 

もしかして私と婚約することで、ロンド伯爵家の首は繋がっていたというのだろうか?
だとしたら、尚更エイドリアンが強気な態度に出てくる理由が分からない。

謎だけを抱えた私を置き去りに、話し合い? が始まった。

「アボット伯爵。どうか私の会社を見捨てないでください……今、伯爵に見捨てられれば従業員だけでなく、我らも路頭に迷ってしまいます。何卒、お慈悲を……! ほら! エイドリアン! お前も謝るんだ!」

エイドリアンは更に父親に頭を押さえつけられる。まるで責任を取らされる社畜のようだ。

「も、申し訳ありません……」

エイドリアンは震えながら謝罪するも、恐らく理不尽な怒りに震えているのかもしれない。
何しろ彼の顔が見えないことには何とも言えないが。

「あら? ロンド伯爵……謝罪するべき相手は私達ではないでしょう? ステラに謝るべきではなくて? 特に、そこの……失礼な令息にね?」

母が、あろうことか足を組み、気だるげに両手を組んで顎を乗せた。
おおっ! とても貴婦人? には見えない姿だ。
もしかして母は酔が回っているのだろうか?

「えっ! そ、そ、それは……」

ロンド伯爵の顔が狼狽する。
うん、確かにそうだろう。私だって戸惑っているのだから。

「どうなのだ? エイドリアン。 君は私の大切な娘に随分、慇懃無礼な態度をとっていたようじゃないか。自分の立場も顧みずに……今まで娘が君を思う気持ちを汲んで、見過ごしてきたが……もう、そうはいかない」

「ええ、ようやくステラの目が覚めたようですからね。今日、婚約破棄をしたいと自分から言ってきてくれたのだから。これほど嬉しいことはないわ」

「エイドリアンッ! ステラ嬢に早く謝るのだ! 会社や家がどうなっても構わないのか!?」

ロンド伯爵が顔を真っ赤にさせて怒鳴りつける。
禿頭まで赤く染まるその有り様は、まるでタコのようだ。茹でタコを想像して、思わず笑いそうになってしまう。

だけど、本当にあのエイドリアンが素直に謝るのだろうか? もし謝るのなら……少しは見直してあげてもいいかもしれない。

頭を必死で下げている社畜の父親に免じて……。

「チッ」

え? 舌打ち? ……今舌打ちしたよね?

他の人たちはエイドリアンの舌打ちに気づいていない。
どうやらステラは耳が良いのか、ばっちり聞こえてしまった。

「……ステラ、俺……いえ、僕が悪かった……です。今までのことは反省してます。これからは誠意を尽くすので……どうか、婚約破棄だけは……しないでくれ……じゃなくて、下さい。お願います」

うつむきながら私に謝罪の言葉を述べるエイドリアン。
まるきり棒読みだし台詞を暗記でもさせられたのか、つっかえている。

「ステラ嬢、この通りエイドリアンも反省しています。2人の間で何があったか分かりませんが……どうか許していただけないだろうか?」

ヘコヘコ剥げ頭を下げながらエイドリアン父が訴えてくる。
反省? あれが本当に反省の態度なのだろうか?

あれが日本の会社だったら、ふざけているのかと更に怒鳴りつけられるだろう。

「そうですか……本日、何があったのか御存知では無かったのですね……では伯爵。そちらの令息が娘になにをしたのか、証拠を持ってこさせましょう」

私ではなく、母が伯爵に語りかけた。

「え……? 証拠?」

首を傾げる伯爵。勿論、私も証拠とは何のことか分からない。
すると、母が側に控えていたメイドに声をかけた。

「例の物を持ってきて頂戴」

「はい、奥様」

メイドは返事をすると、すぐに部屋を出ていった

「例の物とは何だ?」

父が母に尋ねる。……どうやら父も知らないようだ。

「ふふふ……見れば分かりますよ」

含み笑いをする母。まるで仕事の出来る女上司のように見える。

「奥様、お持ち致しました」

先程のメイドが畳まれた服を持って現れた。

え? あの服は……もしや……。

「広げて見せて頂戴」

「はい」

母の言葉にメイドは頷き、服を広げてみせた。

「……あ、あれは……」

ポツリと声が漏れてしまった。

そう。メイドが広げた服は、今朝大学に着ていった私の服だったのだ。

そしてスカート部分は見事に汚れがこびりついていた――