3時限目の授業が終了すると、私は逃げるように一目散に教室を飛び出した。

そして当然のようにエドも私の後を追いかけてくる。

「ステラ、どうしたんだよ。何でそんなに急いで教室を出るんだ?」

「そんなの決まってるじゃないですか。エイドリアン達に捕まりたくはないからですよ」

サッサと歩きながら答える。

「あいつ等が怖いのか? だったら俺が助けてやるぞ?」

「別に怖いっていうわけじゃありませんよ」

そう、何度も言うが私は社畜。会社の上司や先輩のパワハラやモラハラのほうが余程怖かった。それに比べれば、彼らなんて甘い方。

「怖いわけじゃないなら、何故逃げるんだ?」

「面倒くさいからですよ。あんな人達と関わって無駄な労力を費やすのも嫌だし、目立ちたくもないんです。私の目標は細く、長く生きることですから」

「プハッ! 何だ、それ? ステラは面白いな。おにぎりもうまかったし、一緒にいるといいことばかりだ」

何がおかしいんだか、エドは肩を震わせて笑っている。全く……他人事だと思って。

「それより、いつまでついてくるんですか? 大体、あの授業……エドは履修していないですよね? 見たことがない学生がいるって囁かれていたじゃないですか」

「細かいことは気にしなくていいって」

「気にしますよ、自分の授業に出たほうがいいんじゃないですか? 単位が足りなくなって卒業出来なかったらどうするんです?」

他人事なのに、心配してしまう。
学生時代、私は単位を落としそうになって卒業が危ぶまれた経験があるからだ。

「あ〜それなら大丈夫。実は俺、全ての履修科目の単位取り終えてるんだよ。それで今はこの大学に留学してきてるんだ。だからどんな授業に出てもいいのさ」

「え!? もしかして天才ですか!?」

「天才ってほどでもないが、そこそこ勉強は出来る。だから何か分からない授業があるなら教えてあげよう。その代わり……」

「分かってますよ、またおにぎりって言いたいんでしょう?」

全く……おにぎり、おにぎりって。もう彼のことをいっそ「おにぎり」と呼んでしまおうか?
けれど、果たしてもう一度あの夢を見ることが出来るのだろうか? お米の備蓄だって後5kgも無いはずだし……。

そんなことを考えていると、エドに呼び止められた。

「ステラ、何処まで行くんだ? 次の授業の教室はここだろう?」

「え? あ、そうでしたね」

目の前には次の授業が開かれる教室がある。

「それじゃ、中へ入ろう。それにしてもステラは変わった授業を選択したんだな」

教室の中へ入りながらエドが私を見下ろす。

「それは……きっとエイドリアンと同じ授業を選択したかったからじゃないですか?」

何故なら外国語の授業を終えた直後、彼らが大きな声で次の授業の話をしていたからだ。それは私の次の授業と案の定、一緒だったからだ。

「はぁ〜……また彼らと同じ授業なんて気が重い……」

目立たないように一番後ろの窓際の席に着席すると、当然のようにエドも隣に座ってくる。

「ところで、さっきは驚いたよ。ステラは勉強が出来たんだな。あの外国語は難しかったのに、全く問題なさそうだったじゃないか?」

エドが感心したように尋ねてくる。

「私だって驚きですよ」

まさか、外国語が……日本の、しかもカタカナの授業だったのだから! 教授が黒板に文字を書き始めた時は、驚きで椅子から立ち上がりそうになってしまった。

「本当に……どうなっているんだろう……?」

頭を抱えると、エドが声をかけてきた。

「おいおい、大丈夫か? 記憶喪失の持病が出てきたのか?」

「別に記憶喪失の持病なんか、持っていませんよ。ほ・ん・と・うに、記憶喪失なんですから」

「そうかそうか……気の毒になぁ」

エドがヨシヨシと頭を撫でてくる。う……なんか、子供扱いされている気がする。

そういえば……。

「あの、エドって何歳ですか?」

「俺? 22歳だ。ステラは幾つだっけ?」

「20歳ですよ……一応は」

本当は23歳だけどね。

「何だ? その一応ってのは」

説明するのも面倒だ。

「あ〜気にしないで下さい。記憶喪失の弊害ですから」

「もしかして俺との会話面倒くさいと思っていないか?」

「え? そんなこと無いですよ?」

……中々感が鋭い人だ。

「それにしても、本当に変わった授業だよな。『魂理論学』なんて研究。今もあったのか?」

「え? 研究? これって、心理学の授業とかじゃないんですか?」

エドの言葉が妙に引っかかる。

「いや、違う。この『魂理論学』って言うのは、魂の交換は可能なのかを理論に基づいて究明する授業なのさ」

「え!? 何ですか、それ!?」

「ど、どうしたんだ? 急に大きな声出して……」

エドが驚いた様子で私を見る。

「魂の交換……?」

まさか、私がこの身体に憑依してしまったのって……?

自分の両手を広げて、じっと見つめた――