「ま、まさか本当に土下座してるのか?」

「あのステラが……」

「信じられないな……」

「プライドの塊のような女だったのに……」

4人の男性陣は何やらブツブツ言ってるが、土下座して地面に頭を擦り付けている私には彼らの表情など見えはしない。

「あ、あの……ステラ様……?」

カレンの戸惑う声が聞こえる。そこで私は土下座しながら謝罪の言葉を述べた。

「本当に申し訳ございませんでした。心から反省しておりますので、許していただけないでしょうか? もう二度と目障りな真似は致しません。ですから、どうか処罰だけはお許し下さい……お願いします」

この際、恥も外聞もかきすてだ。
大勢のギャラリーが集まっているのは、ある意味私にとっては都合が良かった。
男性4人を前に、ひたすら許しを乞う哀れな女性を演じるのが目的なのだから。

すると案の定、周囲がざわついてきた。

「何だ? あれは……彼女は2年のアボット嬢じゃないか?」

「どうしてあんな真似をしているのかしら?」

「彼らがやらせているんじゃないか?」

「いくらなんでも、女性一人にやりすぎだろう……」

「そう言えば、あそこにいる女性って色々な男性に手を出していなかったかしら?」

「そうね。噂によれば婚約者がいる相手でもお構いなしって聞いたことがあるわ」

案の定だ。
私の目論見通り、周囲の見物人たちが彼らを批判し始めた。さらにカレンについても有力情報を得ることが出来た。

婚約者がいる男性にも手を出している? もしかするとカレンの方が性悪女なのではないだろうか?

すると、カレンが声をかけてきた。

「ね、ねぇ……ステラ様。顔を上げてくれないかしら……?」

「いいえ、出来ません。私はカレンさんの件で彼らに謝罪するように言われているのです。許しを得られない限りは、顔を上げることは出来ません」

あえて、ここでカレンの名前をあげる。

「そ、そんな……! お願い、皆! ステラ様を許してあげて? このままじゃ私まで……」

私まで? 
カレンは私まで悪者にされてしまうと言いたいのだろう。何しろ先程から、彼らを非難する声が増えてきているからだ。

「いくら、あのアボット嬢でもこれはな……」

「そうね、やり過ぎだと思うわ」

「おまけに、あそこにいるのはアボット嬢の婚約者じゃないか?」

「そうよ、エイドリアン様だわ」

おおっ! ついに……矛先がエイドリアンに向いた!!

「おい、どうする……?」
「俺たち、不利じゃないか?」
「だ、大丈夫だ。カレン、泣かなくていい」

「うっうっ……で、でも……」

え? カレン……泣いてるの?

その時。

「も、もういい!! ステラ! 許してやるから顔をあげろ!!」

婚約者のエイドリアンが、ついに痺れを切らして大声で命じてきた。

「ほ、本当ですか……? 本当に許して頂けるのですか?」

私は恐る恐る顔を上げる演技をした。

「あ、ああ。そうだ。心優しいカレンに免じて……ゆ、許してやる!」

エイドリアンが忌々しげに私を見下ろす。

「ありがとうございます、カレンさん」

私は今だ地べたに座りながら、笑みを浮かべてカレンを見つめた。すると、周囲の人々の視線が彼女に集中する。

「…っ! い、いいのよ。ステラ様。私は何も気にしていないから。それでは皆さん行きましょう」

カレンは気まずそうに立っているエイドリアン達に声をかける。

「そ、そうだな。行こう」
「ああ……謝らせたしな」
「そろそろ授業も始まる頃だろう」

彼らはカレンを囲んで立ち去っていくが、エイドリアンだけはその場に立ち尽くして私を見ている。

「……おい、いつまで座り込んでいるんだ? 立ったらどうだ?」

「……そうですね」

立ち上がるとスカートについた汚れを手で払う。けれどそれだけでは綺麗になるはずもない。
周囲を見渡すと、いつの間にか集まっていた人々は全員いなくなっていた。

まぁ、見せものも終わったことだし授業もあるから去っていったのだろう。

「あ〜ぁ……洗濯しないと駄目だわ」

スカートの汚れを見つめていると、エイドリアンが再び声をかけてきた。

「……ステラ。一体どういうつもりだ?」

「どういうつもり? 土下座しろと言われたから、したのですけど?」

「な、何だと!? ふざけるな! よくも俺たちを悪者扱いさせたな!」

エイドリアンは怒りのためか、拳を握りしめている。

「悪者扱いなんて、私はしていません。 土下座しろと言われたからしたし、謝罪もしました。責められる謂れなんかありませんが?」

「その態度が、謝罪している態度に見えるとでも思っているのか!」

恐らく、彼らは私が土下座するなど夢にも思っていなかったのだろう。私が謝罪を拒否し、益々性悪女であるということを周囲に示したかったのだ。
冗談ではない、誰がその手にのるものか。

私の目標は、もし本当に自分が悪役令嬢ならばテンプレ通り破滅してしまうかもしれない。
それを阻止するために目立たずに生きようと決めたのだから。……もっとも既に目立ってしまっているけれども、これからは気をつければいいだけのこと。

「それなら、どういう風に謝罪すれば良かったのですか? そんなことよりもいいんですか? カレンさんたちが行ってしまいますよ?」

肩をすくめると、エイドリアンは悔しそうに私を睨みつける。

「本当に可愛げのない女だ」

ボソリとそれだけ告げると私の前から走り去っていき……ふと気付いた。

「あ……そう言えば、何処の教室に行けばいいのか聞けなかったじゃない!」

私は再び頭を抱えるのだった――