朝。今日もいつも通りの一日が始まる…はずだった。

ガチャッ

亜矢が玄関のドアを開けると、それに合わせて隣から同じ音が響く。
片手でノブを掴んだままの状態で、亜矢は隣の気配に目をやる。
そこには、同じ体勢でこちらを面白そうに見ている男の姿があった。

「よお、オハヨウ。これはこれは偶然だなぁ?………クク」

マンションの、亜矢の部屋の隣に住む『死神グリア』である。
ちなみに、人間世界では『死神』が彼の名字らしい。
亜矢はひきつった笑顔を作った。感情を抑えているのだ。

「冗談。待ち伏せでもしてたんでしょう?」

死神を侮る事は出来ない。
現に一体どんな力を使ったのか、グリアは亜矢以外の人間の記憶の中に自分の存在を溶け込ませてしまったのだ。
親友の美保でさえ、グリアの事を当たり前にクラスメイトだと思っている。

「ちょっと、ついてこないでよ」
「何言ってんだよ、オレ様を登校拒否させる気か?」

亜矢と同じ高校の制服を身に纏っているその姿は、誰が見ても普通の男子高校生である。

「何であんたと一緒に登校しなきゃなんないのよ…」

ただでさえ、嫌でもグリアと毎日キス…いや、『口移し』されなければ生きていけない身体になってしまったというのに。
必要以上に一緒にいる事に抵抗を感じるが、でも彼に生かされているという立場から強く反発する事も出来ず………溜め息をついた。
少し感情を落ち着かせてから、亜矢は隣で歩いているグリアに話しかける。

「ねえ、なんであそこまでしてあたしを生かそうとしたの?あなたにとって何か利益になる訳でもないでしょ?」

グリアは遠くを見つめながら、口の端をつりあげた。

「あんたが面白えから。当分はオレ様を楽しませてくれそうだったからな」

それを聞いた亜矢は唖然とした。

(な、なに?じゃあ、あたしはコイツの暇つぶしの為に生かされてるって訳?)

何を言ってもやっぱり死神。
これから先も、どんな手を使って追い詰めてくるか分からない。

「そんなにすごい力を持ってる死神なら、完全にあたしを生き返す事とか出来なかったの?」

なんとか、毎日『口移し』をしなくて済む方法を探り出す。

「都合のいい事言うなよ、オレの力でも出来ねえ事はあるんだぜ」
「偉そうな割に、そういう所は認めるのね」

その時、さっきからずっと前方を見つめ続けているグリアが、唐突に口走った。

「あいつ」
「え?」

グリアが見ている方向を見ると、前方には同じ高校の制服を着た女子高生が歩いている。

「あいつ、美味そうだな。喰っちまおうか?」
「なっな…!?」

亜矢はその言葉を即座に、ダイレクトな意味で解釈した。

「何言ってんのよ、変態ッ!!」

顔を赤くしながら力一杯叫ぶ亜矢だったが、グリアは相変わらず余裕一杯の笑みを浮かべてその反応を楽しんでいた。

「ああ?違えよ、あの女の魂が、だよ」
「はあっ?」
「オレ様は魂を喰って生きる死神だって言っただろ。どんな勘違いしてんだよ、ハハハハ!!」
「〜〜〜〜〜〜!!」

亜矢は何も言い返せず、今度は怒りで顔を真っ赤にして歯がみをした。

「あたしの目の前で人の魂を狩ったら、舌噛んで死んでやるからね」

全く脅迫にすらなってないのだが、グリアはその言葉に乗ってやる。

「ああ、心得てるぜ。オレ様の楽しみを失うワケには行かねえからなぁ」