死神と天使と悪魔の力が重なった時、起きる奇跡とは。






長い夢を見ていたような気がする。
朝日がカーテンの隙間から漏れて部屋を明るく染めているのが視界に入った。
ゆっくりと瞼を開いた。
トクン、トクンと自分の胸から聞こえる鼓動の音が、何故か心地よく感じた。
理由もなくそのまま呆然とした後、亜矢はベッドから起き上がった。

いつもの朝。今日は何曜日だったか?

ああ、そうだ、土曜日だ。亜矢は、はっきりしない思考のまま部屋を見回す。
何か、とても静かな気がする。
1人暮らしなんだから当然なのだろうが、何か急に別の孤独感に襲われた。
亜矢は頭を軽く振ると、ゆっくりと歩きキッチンへと向かう。
そこで亜矢は足を止めて再び呆然と立つ。
キッチンには、何故か小さなお椀やらお皿やらが増えている。
どう見ても、自分が使う為に買ったものではない子供用の食器。

一体、誰がこの食器を使用していたのだったか?

頭にモヤがかかったみたいに、何も思い出せない。分からない。
亜矢は部屋に戻って、再び自分の周りに目をこらす。
テーブルの上には、散らばったままのトランプのカード。

一体、自分は誰とここでトランプで遊んでいたのだろうか?

亜矢は、心から何か大切なものが抜けているのを感じ、不安に似た恐怖を感じた。

バン!

何かの衝動に背中を押され、亜矢は玄関のドアを開けて、外へと飛び出した。
まず無意識に体を向けたのは、右隣の部屋。
その部屋の前に立って、亜矢は息を飲む。
そのドアの横に表札はなく、『空き部屋』の貼り紙。
それを見た瞬間、亜矢は絶望に近いものを感じた。心臓が異常な速さで鼓動を刻む。
続いて亜矢は、自分の部屋の左隣の部屋のドアも確認するが、同じ事だった。
亜矢の部屋の両隣には、誰も住んでいない。

いつから、空き部屋になっていたっけ?
今までは、誰が住んでいたんだっけ?

記憶ははっきりしない。いくら考えても答えは出ない。
強い孤独を感じた理由は、これだけで説明がつくものではない。
亜矢は力のない足取りで、自室に戻る。
たった1人だ。
1人でいる事なんて、慣れているはずだった。
だけど、なんで、こんなに心が苦しいまでに寂しい……?


嫌、1人にしないで。
助けて………お願い、助けて————……


どうして人は、失ってから大切なものに気付くのだろうか。
だが今の亜矢には、その大切なものが何なのかという事さえ思い出せない。
大声で泣いてしまいたい気分だった。
玄関にしゃがみこみ、そのまま背中を丸めた。
その時だった。

バン!!

玄関のドアが再び、勢いよく開いた。
亜矢が驚いて座った体勢のまま顔をドアに向けると。
ドアの前に立っていたのは、1人の少年。
黒いコートを身に纏い、首元には大きな赤い宝石の付いたペンダント。
銀髪が逆光で光っていた。
目つきはきつく鋭いが、とても綺麗な顔立ちをしていた。

「コンニチワ。来てやったぜ」

ニヤリ、と笑うと、グリアは構いもせずに堂々と部屋に上がる。

「えっ!?ちょっ、ちょっと!!あんた誰よ!?」

亜矢は、部屋の奥へと進もうとするグリアを制止するべく、背中から言葉を投げる。

「ちょっと、待ちなさいよ!!警察呼ぶわよ!!」

すると突然、グリアは前触れもなく体全体で振り返った。
いきなり向かい合う形になり、亜矢は何故かドキっとして動きを止める。
真直ぐ見据える、グリアの瞳。
この瞳の色、この声も。前にもどこかで…?

「…蘇生は成功したが、記憶までは蘇生出来なかった」
「……は?」

グリアの言葉の意味が、亜矢には分からない。
何を言ってるんだろう、という不審感よりも、その意味が気になって。