命を失った少女。永遠の命を手に入れた死神。
全てが終わった後、そこに残されたものは。






マンションの一室、亜矢の部屋。
その部屋の主であるはずの少女は、ベッドの上で静かに瞼を閉じていた。
眠っている訳ではない。
魂を失った亜矢の体は、今ではただの抜け殻に過ぎない。

そう、ただの『屍体』でしか———。

ベッドを取り囲むようにして、リョウとコランが立っている。
少し離れた壁に寄り掛かって座っているグリア。
深く俯いた顔は、銀の髪の中に埋もれて外から見えない。
誰も動かない。誰も話さない。
そんな完全な沈黙が支配する小さな部屋の中、コランは1人、亜矢に向かって手を伸ばした。

「なあ……、アヤはなんで動かないんだ?」

誰かに問いかけるように、それでいて独り言のようなコランの言葉。
リョウは少し顔を上げ、コランを見て何かを言いかけたが、瞳を伏せて再び強く口を閉ざした。
コランは、亜矢の手を小さな手の平で触れ、握る。
亜矢の手は、冷たい。何の反応もない。

「なんでこんなに冷たいんだ……?」

何が起こったのかコランには分からない。
人の『死』というものに触れたのは初めてだった。
だが、だんだんと何かを感じ取り始めたのだろう。でも、認められるはずがない。
コランは両手を広げると、ポンっ☆と小さい音と共に『黒い本』を出現させた。
コランはその本を両手で持ち、表紙を亜矢の方に向けて見せる。

「アヤ、見てくれ!『黒い本』がやっと復活したんだ!アヤのおかげだぜ。アヤが、オレに沢山の『命の力』をくれたから……!」

亜矢の瞳は閉じたままだった。
コランの声は、空しく沈黙の中に吸い込まれ、消えていった。
コランの言葉を返すものは、今は何もない。
亜矢の暖かさも、命の力も、いつもコランを包んでくれた優しい温もりも、亜矢の全てが、消えてなくなっていた。

何故?
亜矢は、確かに目の前に居るのに、何故?

コランの幼き心は、疑問から推測、確信へと過酷なまでの現実に辿り着かせる。
コランは身を乗り出し、上半身を倒してベッドの上の亜矢に抱きつく。

「アヤ……ほら、見てってば……なんで答えてくれないんだよ?やだ………!!起きて、目開けて……!!なあ、目開けてくれ、アヤッ!!………うっ……うわ…あああ………!!」

静かだった部屋に、コランの激しいまでの嗚咽だけが響く。
それでもグリアは少しも動かなかった。
亜矢の命と引き換えに永遠の命を手に入れたはずの死神が、まるで死んだように動かない。
その代わりに、リョウが小さく口を開いた。
それと同時に、リョウの頬に一筋の涙が伝い流れる。
もう、何度こうして涙を流しただろうか。

「亜矢ちゃん……。ボクは、君を必ず救うと言ったのに。なのに………救われたのは……ボクの方だった」

リョウは、亜矢の命をかけた最後の言葉によって『呪縛』から解放された。
その代償に失ったものが亜矢自身の命では、あまりに重すぎる。
自分が1年間してきた事は一体、何だったのか。
自分自身への後悔と怒り、命をかけた亜矢への悲しみと懺悔。
涙を流す理由なんて、すでに分からない。
ただ、大切なものを失った時、こうする事しか出来ないとばかりに。

「………うるせえよ、てめえら」

部屋の隅から聞こえて来た、小さくも重い声。
しゃくり上げて泣いていたコランは、大粒の涙を零したままの顔を上げ、振り向く。
リョウもまた、我にかえったかのように顔を横に向ける。
相変わらず床に座り込んだままのグリアだが、いつの間にか鋭い視線を2人に向けていた。

「グリア…?」

リョウは小さく呟いた。

「泣いてどうなるってんだよ」

グリアは腰を上げた。
長い沈黙をようやく破って立ち上がり、ベッドの前に立ち、亜矢を見下ろす。
リョウは確認するようにグリアの顔を見るが、泣いていた様子もない。
コランはグリアの顔を見上げると、静かに亜矢から離れた。
グリアと、亜矢の顔が向かい合えるように。

「……コイツは、いつもそうだ。てめえの事よりも、他人を生かそうとする」

グリアの淡々とした言葉が響く。
だが、確かにその言葉は亜矢に向けられている。

「理解出来ねえよ。オレ様が与えた1年を無意味にしやがって」

口調こそ冷たいが、亜矢を見下ろすグリアの瞳と声からは、悲痛なまでの心の痛みと悲しみが伝わってくるようだった。
ぐっと、リョウは唇を噛んだ。握られた両手が震える。
1年が無意味なんかじゃない。それは分かっている。