そうしている間にも、グリアの『消滅』は進行していく。
亜矢は全身の力を振り絞り、グリアの正面へと歩み寄る。
今、自分に出来る事。
それは、自分の魂をグリアに与える事。
元々、この命はグリアからもらったのだ。
事故で命を失ったあの日からの1年という月日は、グリアからもらったもの。

だから今、この命をグリアに返そう。

亜矢はグリアと向かい合う。
グリアが少し驚いた様子で目を見開き、亜矢を見る。
どういう方法で、どうするかなんて分からない。
だけど、今まで死神がしてきたように……同じように、『口移し』というその方法で……出来る気がする。


「ありがとう、グリア」


亜矢が言ったのは、今までの1年間の思いをこめた言葉。
今まで、一度も言えなかった言葉。
初めて、亜矢が死神の事を名前で呼んだ瞬間。
亜矢が微笑んだ。涙が零れた。
グリアが何かを言うよりも先に、亜矢は自らグリアに唇を重ねた。
自分の命と魂、全てをグリアに注ぎこむ。
ただ、それだけを思い、深く重ねる。
亜矢の体内から、全身から何か温かいものが抜けていくのが分かる。

ああ、成功した………と、亜矢は思った。

まさか、自分からグリアに口移しをする日が来るなんて、いつもの自分なら悔しく思うのだろうが、何よりも今は嬉しかった。
ふっと亜矢の全身から力が抜け、グリアから離れていく。

「亜………矢…………」

グリアは言葉を途切れさせる。
目の前で倒れ行く少女。ふと、最後に亜矢はリョウに視線を向けた。

「リョウくん、あたし……今も……信じてる………」

最後に見せたのは、亜矢の笑顔。こんな時にまで、亜矢は笑顔を向けた。
リョウの瞳が大きく開かれる。

「あっ………」

リョウの口から、小さな声が漏れる。その瞳が大きく揺れ始める。

「あ、亜矢ちゃん………」

リョウの手に握られていた鎌が、黒い霧状の粒となって空中に消えていく。

「亜矢ちゃんっ!!」

その叫びと同時に、黒に染まっていたリョウの両翼が、一瞬にして元々の色である純白へと移り変わっていく。
リョウの中で起きた衝撃。それによって甦った自我が、呪縛を打ち破った。

呪縛を受けたあの日から1年、リョウは『呪縛』から解放された。

リョウは亜矢とグリアの元へと駆け寄る。
だが、亜矢を強く抱きかかえ、顔を伏せているグリアを前にして、リョウは足を止め、2人をただその場で悲痛の面持ちで見下ろした。

「亜矢ちゃん……。ボクは……なん……て……」

それ以上の言葉は出せない。代わりに、リョウの片目から一筋の涙が流れた。
亜矢を抱きすくめるグリアの顔には長い銀色の髪がかかり、表情は見えない。
ただ、グリアは全く動かない。
そして、魂を失った亜矢は、もう動く事はない。
あの笑顔も、暖かさも、眩しいくらいの命の輝きも。
グリアの腕の中で、静かに消えていった。
亜矢の目元にはまだ、溢れ出た涙の痕が光っていた。






命を失った少女。永遠の命を手に入れた死神。
その結末は、少女が望んだ最後の選択。






『魂の器』の儀式は、亜矢の死をもって結末を迎えた。