リョウはその後、天王の宮殿内にある、離宮へと幽閉された。
その離宮内は広く、真ん中に寝台のようなものが1つあるだけの部屋。
意識を失ったリョウはそこに寝かされ、ただ1人でここに閉じ込められた。
リョウの身が、その呪縛を完全に受け入れるまでの場として設けられた部屋。
離宮の周りには結界が張られ、外界との接触は全て遮断された。
出る事も逃げる事も出来ない。
いや、それ以前にそんな気力も今は奪われてしまっている。
呪縛が、激しい苦痛を伴ってリョウを蝕んでいく。
リョウはその場所で1人、尽きる事のない苦しみにもがき続けた。

ずっと、長い時間。

時間の感覚なんて、とうに失われている。
気が遠くなりそうな時間だった。
離宮の扉が開かれたのは、それから3日後だった。
結界を解いて扉を開き、中に踏み入ったのはリョウに呪縛を施した張本人。

天王だった。

3日という時間と孤独は呪縛を進行させ、今やリョウの抵抗する力を全て奪った。
苦しみの余りに流す涙すら、一滴も残されてはいない。
リョウは天王の姿を捕らえると、ゆっくりと寝台から起き上がった。
足元がふらつく。3日ぶりに身体を起こしたせいだろうか。
身体はだるかったが、いつしか抵抗する事を止めたリョウの心は、どちらかと言えばどこか晴れたような、解放された心地のよいものに感じた。
天王は、力なく焦点を自分に合わせようとするリョウの前に立つ。
リョウの眼からは、完全に反抗の意志は消えていた。
天王は、口元で小さく笑う。

「我が忠実なる天使、リョウ。今一度お前に命じる」

透き通った天王の声は、今まで外界と遮断され、苦しみに呻く自らの声しか届かなかったリョウの耳にとっては、心地良く響いた。

「死神グリアの『魂の器』となった春野亜矢の魂を手に入れよ。そして、私に差し出せ」

リョウの瞳は動かない。心には、何も響かない。
抵抗の心を奪われたリョウには、何も迷いはない。
リョウは3日ぶりに言葉を発した。

「……はい。天王…様」

その代わりに強制的に植え付けられたのは、天王への理由なき忠誠心。

「さあ、人間界に行くがよい」






天界は、優秀な天使であるリョウを欲した。
天界は、強大な力を宿した亜矢の魂を欲した。
天界は、強大な力を持つ死神グリアを———消そうと企てた。






そして、時は現在に至る。

「この前、リョウくんに教えてもらった通りにクッキー作ってみたの。今度食べてみてくれる?」

『魂の器』となった少女、亜矢はいつもリョウに笑顔を向けていた。
それは、死神の力を借りなくては生きていけないその身にも関わらず、眩しく輝いて見えた。

「…どうしたの?リョウくん、具合でも悪いの?」

亜矢がリョウの顔を覗き込む。

「あ、ううん、………大丈夫」

リョウは、今もまた、偽りの笑顔を作る。
『魂の器』が完成される日は、同時にリョウに施された呪縛が完成される日でもある。
果たして、その日に自分は自分でいられるだろうか。
以前、リョウが亜矢に向かって告げた『グリアと亜矢を必ず救う』という強い決意。
その約束は、果たせるだろうか。
リョウの純白であった天使の羽根は今、すでに2つめの羽根を侵食し終えようとしていた。
リョウの羽根の両翼は、黒という一色のみに染まっていた。
それは、リョウの心の色にも比例している。






『魂の器』が完成される日は、もうすぐ。