夕飯の支度を終え、亜矢とコランは2人でテーブルにつく。
今日は珍しく、毎日のように夕飯をたかりに来る死神は来ていない。
コランは何だかいつもの元気がなく、フォークでミートボールを軽くつついていた。

「やっぱり、オレを連れ帰りに来たのかなあ……」

そう、小さく発せられたコランの言葉。
亜矢は食事の手を止め、コランを静かに見つめる。

「コランくんは魔界に帰りたくないの?」

亜矢は、今自分の言ったその言葉に少し寂しさを感じた。
コランが魔界に帰る為には、魔界と人間界を繋げる『黒い本』が必要。
だが、その黒い本は何故か消滅してしまった。
その本を復活させるには、人間の『生命力』が大量に必要である。
亜矢はコランの為に少なくとも1年は生きようと決心したのだ。
1年間、コランに自分の生命力を与え続ける為に。
逆を言えば、コランとは1年間は一緒に暮らす事になると思っていた。
なのに、こんなに早くお別れする事になるなんて……?
思ってもいなかった。
何故だろうか、素直に喜べない。

ガタッ!

急にコランが席を立った。
驚いて亜矢が顔を上げると、コランは亜矢の席の横に立つ。
亜矢がコランの方に顔を向けると、コランは赤の瞳で力強く亜矢を捕らえるかのようにじっと見上げる。しかし、今にも泣きそうな瞳で。

「アヤは、オレに帰って欲しいのか!?」
「……っ!?」

亜矢は答えられない。本心を言えば、全てが矛盾するから。

「アヤッ………!!」

コランは亜矢の膝元に抱きついた。
いつもの無邪気な感じではなく、どこか必死で、悲し気な……。

「オレ、アヤに嫌われないようにするから!何でも言う事聞くからっ…まだ……オレ、アヤの側がいいっ!!だから、だから……っ!」

コランが亜矢の膝元で顔を伏せる。泣いているのだろうか。分からない。

「コランくん……」

亜矢は溢れ出す感情を抑えながら、コランの小さな背中を抱いてやった。

「あたしだって、コランくんの事が好きよ」
「………ホントか?」

コランは瞳を潤ませ、亜矢を見上げる。
亜矢は微笑み、見返す。それ以上の事は言えなくて。

「えへへ…でも、アヤがオレの契約者である限り、オレは魔界に帰れないんだけどな」

コランが言うに、人間と契約している間、悪魔は魔界に帰る事は許されないという。
それが魔界の掟なのだ。
だが、亜矢がもし他の悪魔と契約を結べば、亜矢はコランの契約者ではなくなる。
その時点で、コランは強制的に魔界に連れ戻されるだろう。

「だからアヤ、オレ以外の悪魔と契約しちゃダメだぜ!」
「心配しなくても、コランくん以外の悪魔になんてそう簡単に会えないでしょ?」

そう言って笑うが、亜矢は『悪魔との契約』=『口付け』だった事を思い出し、妙に恥ずかしいような気持ちになって少し視線をそらした。
暗い雰囲気もいつの間にか2人の笑顔でいつもの穏やかな空気に戻り。
夕食の後片付けを終え、宿題を終わらせた亜矢はようやく自室に戻り、1人大人しく亜矢の事を待っているコランの側へと座る。

「お待たせ。じゃあ、何して遊ぼうか?あ、トランプだったわね」

亜矢がトランプのカードを何枚か持ってコランに見せるが、何だかコランの元気がないようだ。
視線はどこか泳いでいる感じで、亜矢の言葉に対して反応もない。

「コランくん、どうしたの?……まだ悩んでるの?」

亜矢が心配してコランの顔を覗き込む。
コランは笑顔を作るが、どこか無理をしている。いつもの明るさがない。

「ううん、そうじゃない……。なんか、疲れたから…オレ、もう寝る。おやすみ、アヤ…」

そう言ってコランは静かに立ち上がると、亜矢のベッドに潜りこんだ。
そのまま、背中を向けてコランは眠ってしまった。
亜矢はキョトン、としたままコランの後ろ頭を見つめている。
どうしたのだろうか。あんなに一緒に遊びたがっていたのに。
色々考えて、疲れてしまったのだろうか。

(明日はいっぱい遊ぼうね……)

亜矢はせめて、コランが明日は元気になれるようにと、コランを優しく抱くようにして一緒のベッドで眠った。
コランは、眠りながら毎晩、亜矢の生命力を吸収している。
亜矢が近くに寄ればより一層、コランは元気になれるのだ。
だが、コランの元気の源は亜矢の『生命力』だけではないのだが。
静かに眠るコランは、無意識に亜矢の腕にそっと頬を寄せた。
コランにとって、亜矢の側が何よりも心地よい居場所なのだ。
そして、その小さな体は亜矢の存在そのものを常に求めているのだ。