その頃、リョウは昇降口を出て、校門に向かって歩いている所だった。
その背中にはすでに羽根はない。再び、自分の意志で隠したのだ。
先程の苦痛のせいか、力の入らない足取りでゆっくりと歩む。
その時、リョウは何かの力を感じ取った。

(………まさか、グリア!?)

リョウは自らの疲労も忘れ、校舎に向かって走り出す。
その力に導かれるようにして。




ザンッ!!

大きく振られた鎌が風を起こし、その刃は鷲尾の胴体を真横に切り裂いた。
…………いや、すりぬけた。

ドサッ!

鷲尾の巨体が、仰向けに地に倒れる。
亜矢は恐る恐る鷲尾を見るが、確かに胴体を真っ二つに切り裂かれたであろう鷲尾には何の外傷も見られず、ただ気を失ったように倒れている。
訳も分からず、亜矢がただ立ち尽くしていると、グリアは倒れている鷲尾のすぐ前に立ち、正面に向かって手を伸ばす。
すると、鷲尾の胸——心臓の部分が光り出し、そこから光の球体が生まれるようにして、天に向かってゆっくりと浮かび上がってきたのだ。
これが、人の『魂』なのだろう。
ちょうど、グリアの伸ばした手の位置まで光の球が浮上すると、グリアはその球を鷲掴みにして手の中に収めた。
グリアは、ためらいもなくその球を口元に運ぶと……かじりついたのだ。
そう、それはまるで、リンゴを丸かじりするような仕草で。

「………っ!!」

亜矢が、自分の口を手で覆う。
死神が、人の魂を『食べて』いる。
言葉だけで聞いても、実際に見るのは初めての事。
亜矢の心に、初めて死神に対して恐怖が生まれる。
自分も、いずれはこのようにして魂を喰われてしまうのだろうか。
死ぬ事が恐いのではない。死神に喰われる事が———恐い。
だが、グリアは一口かじっただけでその手と口の動きを止めた。

「………ちっ、こんな不味いモン、喰えたもんじゃねえ」

不満そうにして表情を歪め、グリアはその光の球体を手から放し真下に落下させた。
その球は、仰向けに倒れている鷲尾の胸の上に落ち、吸い込まれるようにして再び元の場所へと戻って行った。

「死神、まさか……鷲尾を……?」

震える喉に何とか力を入れ、亜矢はグリアに問いかける。
だが、グリアは平然としている。いつもの彼だ。

「ああ?一口かじったくらいで死なねえよ。でもまあ、数日は目が覚めねえかもなぁ?クク……」

亜矢は内心ホっとするも、そのグリアの笑いでさえ、今は恐いものだと感じた。
そんな二人の前に、いつからそこにいたのか、もう一つの人影があった。

「リョウくん…?」

亜矢がその影に気付いた。だが、リョウは険しい顔をしている。

「…………帰るぜ、亜矢」

リョウの事など気にもとめていないのか、グリアはそのままリョウの横を通り過ぎようとする。
だが、リョウはグリアに強い口調で言葉を投げかける。

「死ぬ予定でない人間の魂を狩る事は、大罪に値するって事、知ってるよね?」

グリアが歩みを止める。そして、振り返ってリョウに冷たい目を向ける。

「テメエ、いつから天界の犬になった?」

リョウは真直ぐにグリアを見据える。いつもの穏やかさはない。

「…それは、どういう意味?」

グリアはフン、と目を伏せるとそのまま背中を向けて歩き出す。
亜矢は振り返り、倒れている鷲尾を心配そうに少し見てから、グリアを追って小走りに走り出す。
リョウはその場に立ったまま、今日幾度も繰り返した言葉を再び口にする。

「………ボクは………」






グリアの言った通り、あれから病院に運ばれた鷲尾は数日間目を覚まさなかった。
次に鷲尾が学校に来た時には、彼は死神に魂を喰われたあの日の事は、何もかもすっかり忘れていたという。
そういえば、死神は人の記憶を操作出来るんだった。
デジカメに撮られた証拠写真も、死神が上手く処理してくれたに違い無い。
グリアに直接聞く事はしなかったが、亜矢はそう思う事にした。
死神の本当の姿。そして、天使を支配する意志。
少しずつ見え始めてきた真実。
だが、『魂の器』が完成される僅か数ヶ月後の未来は、誰にも見えない。