人の命は、こうも簡単に消えるものなの?
何の前触れもなく、突然こんな形で。
何でこんな事になったの?
いや。嫌———。
あたしには、夢があるのよ?実現させたい夢が。
それに第一、まだ『アイツ』の正体を突き止めていない。
人が死ぬかもしれない間際だというのに、笑っていたアイツ。
よく考えれば、あたしがこんな事になったのはアイツのせいじゃない?
もしかしたら本当に『死神』なのかもしれない、アイツ———。

「責任転嫁かよ?いい性格してやがる」

その声に、亜矢は意識を取り戻した。
亜矢は床に倒れていたらしい。
ゆっくりと上半身を起き上がらせると、その声の主の足が見える。

「え…………?ここ、どこ??」

亜矢は辺りを見回した。
自分が倒れていたこの場所は何もない、真白な空間。
ただ、目の前に『アイツ』の存在だけが見える。

「さあ、どこだろうな?」

少年は亜矢の反応を楽しむかのように、微笑を浮かべながら言う。

「あたし、車にひかれて…それで…………」

混乱する頭を必死に整理しようとする亜矢。

(そうよ、これはきっと夢なんだわ)

そう心で結論づけたが、その心を読んだかのように少年は言う。

「いや、あんたは確かに死んだ。今、あんたは魂のみの状態でオレ様と向き合っているんだぜ」

「あんたねえ…!!」

亜矢は立ち上がり、手を腰にあてて堂々たる態度で立ち向かう。

「死神さん…だっけ?本名かどうか知らないけど。何であんたがあたしの夢に出て来るわけ?あんた一体何者!?」

どうせこれが夢なら、何も戸惑う事はない。何でも言ってやろうと亜矢は思った。
だが、少年の方も少しも怯まない。見下すようにして亜矢を見る。

「オレ様の名は『グリア』。死神グリアだ。オレの名を覚えていてくれて嬉しいぜ?」
「全然嬉しくないわ、何せさっき死にかけたばかりですから」
「『死にかけた』じゃねえ、あんたは死んだって言ってるんだよ」

グリアがスっと腕を水平に伸ばした。
すると、その手に巨大な鎌が出現した。
普通の鎌よりも刃の部分が大きく柄が長い。異様な形をしている。
グリアはそれを握り、素早く振ると——

「っ!?」

次の瞬間、亜矢の喉元に刃の先が突き付けられていた。
初めてその強気な表情に恐怖の色を見せ始めた亜矢に、グリアは少し満足したように笑った。

「早速だがあんたの魂、狩らせてもらうぜ」
「………………」

一歩も動かず、ただ無言で呆然とグリアを見つめる。
グリアにすればその亜矢の姿は、意外な反応であったらしい。
鎌を握る手にこもる力を少しだけ緩めた。

「………何か言えよ、面白くねえ」

一点を見つめていた亜矢の瞳が、潤みはじめる。

「……あたし、本当に死んだの…………?」

さっきまでの態度からは考えられない、小さくて弱々しい声。
恐怖ではない、何か悲しみを含んだ表情。

「おっと、オレ様が殺した訳じゃないぜ?あんたは元々、この時間に死ぬはずだった。その魂を狙っていたのがオレだっただけの話で……」

気付かないうちに多弁になっている自分自身に対して、グリアは不思議に思った。

(何をオレは動揺している!?)

「あたしは、まだ死にたくはないわ」

弱々しい口調ながらも、亜矢は自分の喉元の刃に手をかけた。