「ちょっと待ってよ、いい加減にしてよ!!契約って何なのよ!?」

ついに亜矢はキレた。グリアとコランの勢いがピタっとおさまる。
その横では、落ち着いた様子のリョウがじっと黒い本を見つめて一人、何やら考えこんでいる。
視線はこちらに向けず、その沈黙の中でリョウはふいに小さく言った。

「悪魔との契約は、契約者との口付けで成立するんだよ」
「えっ!?」

亜矢は小さく声を上げた。そしてまた沈黙。
そういえばさっき、コランをキャッチして倒れた時に『チュウ』ってしてしまったような…。
事故とは言え、こんな可愛らしい子供との『チュウ』が契約の証になっていようとは。
だが事実は事実であり、否定は出来ない。

「テメエッ……亜矢としたのか!?」

グリアの『したのか』という言葉は、契約の事を指すのか、口付けの事を指すのか。
おそらく後者であると思えるが、毎日亜矢に『口移し』をしている割には、自分以外の者が亜矢と唇を重ねるのは許せないらしい。
相手は悪魔とは言え、子供なのだが…。

「オレがアヤの願いを1つ叶えてやる。その代わりに、アヤの元気をオレにくれ!」
「?」

亜矢はコランの言う意味が分からず、目をパチパチさせた。
すかさず、リョウが付け加える。

「つまり、悪魔は契約者の願いを叶える代わりにその者の生命力を吸収するんだ」
「えっ!?吸収されたらどうなるの!?」
「このガキの事だ、加減なんて出来ねえだろうから、普通の人間は死ぬんじゃねえ?」

冷静なリョウとグリアの口調だが、そんな事を言われて亜矢は気が気じゃない。
まさか、こんな可愛い子がそんな恐ろしい……。信じたくないものである。

「普通の人間なら、な。だが、亜矢の心臓はオレ様が与えたモノだ。命の力が持続する限り、そう簡単には死なねえよ」

「そんなんじゃ安心出来ないわよ」

ただでさえ、いつ尽きるか分からない命だというのに、これ以上命の危険に晒される要因が増えてしまっては、人として普通に生活出来る精神状態を保てない。

「それで、アヤの願いは?」

この緊迫した空気を飲み込んでいないコランは目を輝かせて亜矢を見る。
まるで、おねだりをするような目で見てくるのだ。
亜矢は小さく溜め息をつくと、口を開いた。

「じゃあ、あたしを完全に生き返らせる事も出来る?」

それは、紛れもなく今の亜矢の一番の願いだった。
自分の心臓が『仮』のものでなくなれば、『魂の器』の儀式からも逃れられる。
永遠の命を手に入れたいらしいグリアには悪いが、グリア自身が消滅してしまうかもしれない危険な儀式を遂行させるよりは、よっぽどいいと思ったのだ。
だが、死神でさえ一度死んだ人間は完全に生き返す事が出来ないと前に言っていた。
それを悪魔に願った所で、果たして可能なのだろうか。
僅かな可能性にもすがりたかったのかもしれない。

「うん、分かった!!」

コランは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。