「何かしら、これ………」

明日の準備をしようと、時間割をチェックしながらカバンの中身を取り出していた亜矢の手が止まった。
教科書やノートに混じって一冊、知らない本が紛れ込んでいたのだ。
表紙は真っ黒で、目の形を表したような紋章が中心に描かれているだけの本。
もちろん亜矢は、こんな不審な本に見覚えがあるはずもなく。
だが、何も考えず本を開いて確認したくなるのが普通だ。
まして、この本を開いた時に起こる事なんて、誰だって予測出来ないだろうから。
亜矢がその本を開いた瞬間。

ブワッ!!

激しい閃光が本の中心から天井に向かって昇る。

「きゃあっ!な、なにっ!?」

突然の出来事に、亜矢は反射的にその本から両手を放した。
だが、本は落ちる事なく空中に浮かんだままその位置を保ち、光り輝いている。
亜矢は尻もちをついたような体勢のまま、本から発する閃光の先、天井を見上げた。
次の瞬間。

ポンッ!!

小さな爆発のような軽い音がしたかと思うと、煙と共に何かがそこから現れた。
それは天井から床に向かって、重力に逆らう事なく落下してくる。

(え!?こ、子供っ!?)

そうとっさに判断した亜矢は立ち上がり、その子をキャッチしようと構えた。

ドサッ!

なんとかキャッチしたものの、小さな子供とはいえ、それなりの重さがある。
しかも、天井から落ちて来たのである。
勢いあまって、亜矢はその子を抱きかかえたままバランスを崩し、後ろにあったベッドに背中から倒れこんだ。

ドサッ☆

だが、亜矢はある感触に気付くと、衝撃でそのまま動けなくなった。
倒れた拍子に、抱きかかえていた子供の顔がちょうど亜矢の顔に被さり、唇どうしが重なりあって……『チュウ』してしまったのである。
バッ!と亜矢は起き上がると、赤くなったままその子供に向き直る。

「な、なに!?何なのあなた!?」

その子供は亜矢の顔をじーっと見上げている。
年齢は見た感じ5〜6歳くらいだろうか。
紫の髪、褐色の肌、ルビーのような赤の瞳。
どこか人間離れしたような、神秘的なその容姿からして亜矢にはすでに予測がついた。
……いや、本の中から現れた時点で、すでに人間ではないのだろうが。
子供は、その大きな瞳をいっぱいに開いて、亜矢を見上げる。
邪気は感じられない。純粋な眼差しに思える。どこか、天使のリョウを連想させる。

「お前、名前は?」

いきなりそう聞いてくる子供。その偉そうな口調は、どこか死神と被る。

「あ、亜矢………」
「アヤ、よろしくな!」

そう言うと、子供はベッドからヒョイっと降り、亜矢に向かってニッコリ笑った。

「よろしく……じゃなくて!!あなたは一体何者なの!?何で本の中から子供が…!?」
「子供じゃない、オレの名前は『コラン』だ!」

ふんっ、と不満そうに頬を膨らませ腰に手を当てて子供は言う。
そして、混乱気味の亜矢に近付き、身を乗り出して顔を近付ける。

「なあなあ、それよりも早く『願い』を言えよ!!」
「……は?願い?」
「契約は済んだんだ、お前の願いを叶えてやるから言え!」
「け、契約??」

訳が分からなくなる亜矢、期待の眼差しで亜矢を見る子供。

「オレ、人間と契約したの初めてなんだぜ。これで一人前の悪魔になれる日も近いんだ!」
「悪魔!?」

亜矢はとっさにその子の全身を見つめる。というか、確認する。
見た目は、普通の人間と何の変わりもない。
その時、その子の背後にチラっと見えたもの。

「ねえ、ちょっと後ろ向いてみせて?」
「それがアヤの願いなのか?」
「いえ、そうじゃなくて……」

子供はクルっと背中を向けた。
思った通りというか、何というか……もはや、目を疑う事はしない。
子供の背中には、小さな黒い羽根があったのだ。
鳥というよりは、コウモリに近い?
……いや、これはまさに、よく本や漫画で見る悪魔の羽根そのものだ。
だがあまりにそれは小さい為、後ろを向かなくては気付かれないだろう。