グリアの部屋から出た、リョウと亜矢。
すると、いきなり亜矢がリョウを真直ぐ見据え、問いかける。

「ねえ、『魂の器』って何?」

リョウから、笑顔が消える。さすがにふいをつかれたのだろう。
だが、それも一瞬の事。

「あはは…、聞いてたの?」

それは珍しく、いつもの穏やかな笑いではない。ちょっと困っているようだ。
だが、ごまかすような事はしない。

「話せば長くなるんだけどね…」

意外にも真剣な表情をしているリョウを見て、思った通り、これは何かがあると思った。

「じゃあ、あたしの部屋に来て?お茶でもしながら話しましょう」

亜矢は、その話を聞きたいらしい。
リョウは何かを思って小さく俯いたが、やがて小さく「うん」と返事をした。
リョウの脳裏に、『余計な事はするな』と自分に呼びかけたグリアの視線が甦る。

(それでも、亜矢ちゃんが真実を知った上で、それを受け止める事が出来なければ……ダメなんだよ?)

記憶の中のグリアに話し掛けるように、リョウは心で呟く。
リョウは、話す決心をした。
二人はそのまま亜矢の部屋へと入り、小さなテーブルに向かい合って床に座った。
グリアが勝手にこの部屋に上がりこんだ時はとても腹が立ったものだが、リョウの場合は別。
邪念がないというか、何故か安心して心を許せるというか。
さすがは、天使。
だが、その感覚が実は危険なものであるという真実を知るのは、もっと先の話。

「最初に言っておくけど……ボクの話は、ちゃんと最後まで聞いて欲しいんだ」

意外にも、話題を切り出したのはリョウの方だった。
一度決心した為に、躊躇はしないらしい。

「ええ、分かったわ」

亜矢は頷いた。

「『魂の器』、それは亜矢ちゃん自身の事を指すんだ」
「?」

いきなり結論を聞かされても、亜矢には訳が分からない。

「亜矢ちゃんの持つ『仮の心臓』、それにグリアが毎日欠かさず『命の力』を注ぎ込むと、365日後にその心臓は完全なものとして甦れるんだ」

亜矢はハっと、自分の胸に手を当てる。
そう、今、亜矢の中にあるのは、グリアから与えられた『仮の心臓』。
それは24時間に1回、つまり毎日グリアから命を注いでもらわなければ機能出来ない。

「それってつまり、このまま行けば1年後にあたしは完全に生き返れるって事?」
「うん。でも………」

ここで、リョウが言葉を詰まらせた。
何を躊躇しているのだろうか。
一年間もグリアから口移しをされなければ生きていけないのは気が遠くなる話だが、逆を言えば一年耐えれば、後は自由になれるのだ。

(あいつ、こんな事一度も教えてくれなかったわ)

色々思考を巡らす亜矢。だが、リョウは俯き気味で、何か辛そうだ。

「『命の力』を注ぎ続けられた仮の心臓は、365日後に完全な物となる。そして、その心臓を持つ人間の魂にも、膨大な力が宿る…」

どうも、リョウの話そうとしている事の筋が見えない。

「その、完成された魂を食べる事により、死神は永遠の命を手に入れられる。…これが、『魂の器』の儀式だよ」

「………っ!!」

物語りのように淡々としたリョウの話に聞き入っていた亜矢の呼吸が一瞬、止まる。