「な、らば……その魔女を捕らえろ」
「兄上……!?」
「対価があればどんな願いも叶えるのだろう? 教会に置いて、より多くの人間の願いを叶えてもらおうではないか。対価は人間の命でいいのだろう? 貧民街からいくらでも連れてくればよい」
 
 マルケル王子の言葉にシュリナ姫も騎士団もジュドー王子も目を見開く。
 私としてはあまりにも愚かすぎて、笑いが零れてしまうところだった。
 信じ難い。
 こんな愚か者が次期国王とは。
 魔力量もジュドー王子よりも少ないし、現国王が退位したあとも長持ちしなさそうね。
 そうか……長子が次期王、と決まっているから周りも甘やかしてこんな大馬鹿で愚か者になってしまったのかもしれない。
 
「ま、魔女様……も、もしもあなたが騎士団長の下に……ご家族のところに戻りたいとおっしゃるのなら……。っ、しかし……貧民街の者たちを生贄にするなど、あなたはそれでも王太子ですか!? 国に住む民を、なんだと思っているのです!?」
「黙れ! 貴様こそ国を治めるには綺麗事だけでは務まらぬと知れ! 妹を危険に晒した”予備”が、次期王たる私に口答えするなど身の程を知れ!」
 
 ちらり、と馬上の父を見上げる。
 この理不尽な兄弟喧嘩を放置するつもり?
 騎士たちの表情は、マルケル王子の発言に対する困惑。
 守るべき王子が、次期国王がこんな考え方では貧民街がもぬけの殻になったあと生贄にされるのは自分たち、と簡単に予想がつく。
 そんな人間に忠誠心も命も捧げたくはないわよね。
[心の声を聞く魔法]を使ってみると、父はこの時点で『誘拐されて死んだと思っていたディーヴィアが生きていた上、魔女になっていたなんて。我が家に連れ帰れば、十分国へ貢献することになる。だが、マルケル王子をどう丸め込むべきか』と考えを巡らせている。
 
「わたくし、ルージェー家には帰りませんわよ。金の魔女様にはこの家で過ごし、人々の願いを叶えて魔女としての霊格を上げるように、と命じられておりますので拠点を動くつもりはございません」
「ッ……ならば、父の代わりにこの国に魔力を流せ! 魔物を産み、鉱山を以前の採掘量に戻せ!」
 
 頬に手をあてがう。
 小首を傾げて、呆れた表情でわざと溜息も吐いてやる。
 私の様子に苛立ったマルケルが馬から降りて剣を鞘から引き抜いた。
 
「自分の立場がわかっていないようだな、魔女! 我が命を聞かぬなら、貴様の首を落とすのみだぞ!」
「対価はどうされるおつもりです? 国の全土規模の願いでしたら、それこそ人一人の命をいただかなくてはいけませんわ」
 
 別に国民――王侯貴族ももちろん含め――全員の魂のかけらをいただいてもいいんだけれどね。
 それだとマロウド王国との戦争の時に人口が不足してしまうかもしれないのよねぇ。
 せめてあの色ボケ王の喉元も切っ先が届きそうな程度には、この国には頑張ってもらわなければと思っていたのに。
 マーゼリク王国の国力を高めても、国民が弱まっては意味がないのよ。
 
「対価? ……ふ、ふはっ……! いいことを考えた。対価はそれだ!」
「……!?」
 
 マルケル王子が指差したジュドー王子。
 困惑する場。
 口元を手で覆うシュリナ姫。
 
「第二王子をこの国のために魔女に捧げよう! ジュドーも国のためにその命を捧げられるのは光栄だろう?」
「……っ……はい、この国のためになるのなら、もちろん」
「お待ちください、マルケル様――」
「リーノ、いいんだ」
 
 お付きの護衛騎士を制し、首を横に振るジュドー王子。
 どうせ辺境行きだったものね。
 諦めるのが早くて、物分かりがよくていい子ね本当に。
 だから第一王子が調子に乗るのだと思うんだけれど。
 
「魔女様、どうぞ我が命を捧げますので……マーゼリク王国をお救いください」
 
 私の前に跪き、頭を下げるジュドー王子とその護衛騎士。
 [心の声を聞く魔法]で王子と騎士の心の声を聞いてみると、二人とも私に命を捧げることになんの迷いもないようだ。
 むしろ、一度私に妹の命を救ってもらって対価も支払っていないのにと、罪悪感に苛まれている。
 王子として使い道がないと思っているが、第一王子を見たあとだと……いや、第二王子の方が優秀なのは、開戦を引き起こすのに邪魔ね。
 
「わかりました。ジュドー王子の騎士様もご一緒でよろしいのかしら?」
「はい」
「では、お二人はわたくしの下でお預かりいたしますわ」
 
 だからさっさと帰りなさいな、という意味を込めて「お帰りはあちらですわ」と笑顔で手で促す。
 マルケル王子は「約束は守れよ、魔女!」と言い捨てて馬に乗る。
 はいはい、せいぜいお前は次期王として勉強に励みなさい。
 この状況を唯一なんとかできそうな可能性を秘めている聖女シュリナに至っては長兄と次兄を交互に見ながら、なにか言いたげなまま狼狽えるのみ。
 使えないわね、この聖女。
 まあ、聖女もこの程度なら弊害にはならなさそうね。
 
「はあ、大挙してきた割に旨味のない話でしたわねぇ」
「騒がせて申し訳がございません、魔女様」
「よろしいのですよ、殿下。いえ、今この時より、お二人にはわたくしの使い魔になっていただきましょう。そうすればわたくしと寿命を共有できるようになりますの」
「「え……?」」
 
 表面では清楚な淑女の笑みを。
 腹の底ではおかしくてたまらない。
 優しい言葉で私の使い魔になるにはどうするべきか、使い魔になったらどんな仕事をするか、どんな効果があるか、使い魔を辞めるには死ぬしかないなど丁寧に説明する。
 あくまでもこの二人には慈悲深い幼い魔女と印象を崩さぬよう、家の中に招いてハーブティーまで出して。
 
「――と、言うことなのだけれど、いかがかしら? わたくし今の一人の暮らしが気にいっているので、お二人には今まで通りの生活をしてもらって構わないのだけれど」
「では、ジュドー様は学園に戻っても問題ないのですか?」
 
 ああ、そういえば今年卒業、その後は辺境……とは書いてあったけれど、もう卒業したとはいっていなかったわね。
 卒業まであとどのくらいなのかを聞いてみると、二ヶ月ほどだという。
 たかがと思うかもしれないけれど、学園に通うことすらできなかった私には通えるだけ羨ましい。
 
「そういう事情でしたら、なおのこと王都に戻っていただいてよろしくてよ。いつかわたくしが困った時に駆けつけてくれれば、使い魔として呼び出します。使い魔はそれまで自由に生活していていいのですわ。わたくしもその方が気兼ねしませんし、あなたたちが一時的に戻ることでマルケル王子の暴挙へ牽制にもなりますし」
「魔女様……」
「なんという慈悲深い……っ」
 
 間抜けさんねぇ。
 ううん、素直でいい子たちね。
 ……開戦の準備が整ったら、この子たちを私のところに呼び戻せばいい。
 
「では最終確認です。わたくしの使い魔になりますか?」
「「はい」」
「ありがとう。では……契約いたしましょうか」
 
 いい手駒も手に入れた。
 跪く二人に、しっかりと指を切った私の血を舐めさせる。
 これでこの二人は私の使い魔。
 私自身の課題もこれで完了。
 まあ、使い魔は何匹いてもいいと言われたし、人間だけでなく魔物の使い魔もほしいから検討するけれど。
 
「いつでもお呼びください、魔女様」
「なんなりとお申しつけください」
「はい。これからよろしくお願いしますね」
 
 立派な魔女になるから、最後までつき合ってね。
 地獄まで。








 終