その五年後。
 ”前回”はマロウド王国に嫁いだ年齢――私は十四歳になった。
 が――。
 
「全然成長しないのだけれど?」
「肉体年齢は自由に変化させられるはずだ。お前自身がその操作方法を覚えていないんだろう。他に困っていることは? ないなら今月はもう帰るぞ」
「はい、まあ、そうですわね。傾国については魔女様にお許しももらいましたし、肉体年齢の操作方法を覚えれば問題ないのでしょう?」
「そうだな。では定期報告は、また半年後に」
「はい。今回もありがとうございました」
 
 半年に一度のハクア経由の金の魔女様への報告会。
 五年経つのに使い魔の一匹も手に入れられていない私に対するお咎めもなし。
 話し終えてから急に気になってしまい、去り際のハクアに「使い魔を見つけられないこと、魔女様はなにもおっしゃっておられません?」と聞いてみると「使い魔は最低一体いればいい。使い魔同士、主の寵愛を求めて殺し合いに発展することもある」と渋い表情。
 へえ、と頬に手を当てて聞くと、先代黒の魔女は十人程度の強い魔物や騎士を使い魔にし、閨を共にし、より深い忠誠心を捧げさせて血を与え、魂を半分以上侵食したあと嫉妬を煽り殺し合わせ一番強い者に『魔女の守護騎士』の座を与えたとか。
 そんなものがあるのかと思ったら、先代黒の魔女が考えた称号で魔女集会に出た時に「真似していいわよ」と自慢していたらし。
 金の魔女はそんな先代黒の魔女の奔放さが性に合わず、ハクアしか使い魔を作らなかったという。
 
「まあ、男遊びも魔女の嗜みという魔女もいる。そのあたりはお前の自由にするがいい」
「そう……そういうものなのですね」
「どんな魔女になるか、それもまたお前次第だ」
「わかりました。使い魔に関してはもう少し吟味してみます」
 
 ハクアが狼の姿になって、空に向けて駆けあがる。
 見送ってから溜息を吐く。
 使い魔から搾り取るだけ搾り取って、殺し合わせて一番強い者を護衛に残す。
 結構効率がいいと思ってしまったわ。
 人間ならいいかもしれないと思っている自分がいる。
 でも、人間の使い魔なんて気持ちが悪くていらないとも思う。
 魔物からも願いを訴えかけられるとハクアや指南書は言っていたけれど、今のところ知性の高い魔物は私のところには来てくれないのよね。
 それじゃあまあ、今日は肉体操作の練習でもしてみようかしら?
 と思って背伸びしていると、結界内に人が侵入してきた。
 聖女でなくとも、結界魔法は使える。
 またグレーマフ子爵かしら?
 
 ――五年前、初めて私に願いを乞うてきた女が住む村のある領主、グレーマフ。
 てっきりそれなりの馬鹿かと思ったら、想像以上に馬鹿で使いやすい小物だった。
 村の評判を聞きつけ、予想通り村長を誘拐してきて食糧を魔女に依頼した、と聞いたグレーマフは自ら深淵の森に私の下へ赴き金がほしいと跪く。
 もちろんそれだけで終わるわけもなく、金の次は地位がほしいと言い出した。
 爵位に関しては数代かけて王家に尽くし、その貢献度によって王家が決めること。
 なので領地を毎年豊作にしてやる代わりに、領民全員――もちろんグレーマフ本人含む――の魂の一部をいただくことにしたのだ。
 もちろん、契約は一年更新。毎年魂の一部をいただくわ。
 グレーマフにはグレーマフ自身も対象だということ以外の契約内容を言ってあるけれど、領民たちは知らない。
 可哀想に、グレーマフ領地の領民は毎年少しずつ寿命を捧げていると知らずに豊作を喜んでいる。
 本来国内の領地に魔力を巡らせ豊かに保つのは、その国の王の仕事。
 その代わりを、私が報酬をもらってやっているだけ。
 しかし私の想像以上に効果は絶大で、グレーマフ領は他領の数倍の収穫量を記録した。
 隣領の領主たちはこぞってグレーマフ領を調べ始め、翌年には私の下に辿り着いた領主が数人。
 それらにも同じく豊作を望まれたから、同じ条件で願いを叶えてやった。
 今ではマーゼリク王国の三分の一が私と契約している。
 むしろまだマーゼリク王の耳に入っていないのかと呆れているくらい。
 自国の貴族の管理もできていないと自白したも同然なのだが、もしかしたら足りない魔力を渡しを使って補っているくらいに思っているのかもしれない。
 でもそんなのんびり構えていたら、私がお前の国の国民の寿命をどんどん吸い上げていってしまうわよ。
 いつまで私を放置するのか楽しみになってきているくらい――。
 と、思っていたところだが。
 
「深淵の森の魔女殿……! どうか僕の願いを叶えてください……!」
 
 先ほど結界に引っかかった気配の主は十代前半の男の子。
 着ているものもかなり質がよい。
 隣には護衛の騎士も一人。
 騎士の鎧は王家の専属護衛……近衛騎士の軽装版。
 あらまあ、と頬に指先を滑らせる。
 王家関係のお坊ちゃまが、まんまと飛び込んできたわ。
 この国は貴族だけじゃなく王族まで馬鹿なのかしら?
 
「ようこそ。用件を聞きましょう」
「妹の病を治していただけないでしょうか……!? あの子が助かるなら、僕の命を捧げます!」
「ジュドー様……!」
 
 ……ジュドー……!?
 マーゼリク王国の第二王子。
 私が貴族だった頃、婚約者候補にされそうだった相手!
 ということは正真正銘の王族じゃない。
 血縁者程度かと思ったら、王族が直々に来るなんて。
 騎士に咎められても顔を左右に振るうジュドー王子は、漆黒の髪と青い瞳の美しい少年。
 でも、今の私から見ると子どもでしかない。
 心を覗く魔法で見ながら「どのような病状なのかわからなければ、どんなお薬を処方すべきかわかりかねます」と答えると、ジュドー王子は泣きながら「僕が悪いんです。僕がシュリナを一緒に馬に乗せたいと言わなければ」と崩れ落ちた。
 彼の記憶を覗くと、幼い姫がジュドー王子の差し出した手を取って馬に跨る。
 だが、馬がなにかに興奮して立ち上がり、姫と王子が馬から落ちてしまう。
 よりにもよって王子が姫を押し潰す形で落下して、姫は頭から血を流して意識を失った。
 ベッドに運ばれた姫を国中から集められた薬師が囲む。
 しかし、姫は高熱にうなされたまま目覚めることはない。
 頭を強く打っている。
 出血も多いし、応急処置が雑だった。
 記憶を見て正解ね。病ではなく大怪我みたい。
 
「今この国に聖女はいないのです。頼れるのは魔女様だけ。お願いします! 妹を助けてください!」
「その対価にあなたの命を差し出すと?」
「僕は第二王子で、兄のスペアにすぎませんが妹はこの国でたった一人の”王家の女”なのです!」
 
 なるほど、若い王子は女の方が魔力が多いと知っているのね。
 長男長女関係なく、各国は長子が継ぐのが通例。
 長女が好ましいとされており理由は女の方が魔力が豊富だから。
 長男が継ぐのがほぼ決定で、妹がいるとなると確かに第二王子なんていてもいなくても同じようなものだろう。
 彼がここまで自分を蔑ろにした言い方をするのはそれが理由だろう。
 貴族からすると王族との繋がりになれば第二王子とも婚姻を結びたいと思うものだろうけれど。
 
「なるほど。お話はわかりました」
「では……!」
 
 想像より遅かったし、予想していたような理由ではなかったけれどようやく私の手の中に飛び込んできた王族。
 どうやって最大限利用したらいいだろう?
 慈悲深い深淵の魔女が、この可哀想な王子様を。
 
「もちろん王女殿下をお救いしましょう。私は聖女様ほど完璧な治癒はできないかもしれませんが、それでもよければ」
「はい! お願いいたします!」
「お待ちください! 王子殿下のお命を対価に差し出すわけにはいきません! 代わりに私の命を差し出します!」
 
 ジュドー王子の前に出てきた騎士。
 騎士としては当然の提案だけれど、私はゆっくりと浮遊させていた体を地面に下ろす。
 騎士も王子も長いローブが浮かぶ大女の魔女と思っていただろうから、目を丸くしたままフードを外したわたしの姿を見下ろした。
 
「え、え、え? え? ま、魔女様……え?」
「魔女見習いとなった際、人間時代の名前は捨ててしまいまいしたので”わたくし”のことはお好きにお呼びくださいませ。ジュドー王子」
 
 淑女らしく言葉使いを正し、カーテシーで礼を尽くしてから顔を上げる。
 完全に度肝を抜かれた表情が面白くて、悪い顔で笑いそうになったけれどなんとか取り繕う。
 妹と歳の変わらぬ少女の容姿を見せたのは、騎士の警戒を解くため。
 今まで私がやってきたことも、対価を知らぬ者からすれば善行だ。
 案の定、騎士はわかりやすく拍子抜けした表情になる。
 
「そ、その姿は……」
「わたくし、魔女見習いになった頃から体が年老いることなくそのままになってしまったのです。この容姿では願いを乞う者に足元を見られてしまうと思い、ローブでごまかしておりましたの。殿下と近衛騎士様の前では不敬でしたわね。謝罪いたしますわ」
「と、とんでもない! そ、そうですか、そういう理由が……」
 
 王家を尊敬した言い回しをしたことで、緩くなっていた警戒心がさらに緩まる。
 妹と歳の変わらない私の姿に焦りと罪悪感で混乱気味であったジュドー王子はわかりやすく落ち着きを取り戻したし、騎士はローブで姿を偽っていた理由で私を見る目が『健気で愛らしい幼女』という庇護対象に変わった。
 人目に晒されるのはやはりまだ不快感を感じるけれど、この二人の警戒心を完全に取り払うにはこれが最短。
 
「それで、対価の件ですが」
「は、はい!」
「今は一刻を争う状況でしょう。わたくしが困った時に、殿下のお力を借りられればそれでよろしいので、まずは姫様の治療に向かいましょう」
「ッ……そんな……だが、いいのですか? 私では大した権力(ちから)など期待できませんのに」
「もちろんですわ」
 
 笑顔で答えると、ジュドー王子は地面に突っ伏して「ありがとうございます、ありがとうございます……」と泣きじゃくる。
 騎士も勘当に瞳を潤ませ、唇を歪ませた。
 きっと私のことは魔女ではなく聖女のように見えているんじゃないかしら。
 
「さあ、お戻りください。わたくし、魔女と知れると危険ですので姿を消してこっそりついていきます。城に入り、姫様のお部屋に入りましたらすぐに治療を開始しますので」
「わかりました。どうかよろしくお願いいたしますっ……」