「今朝の……チッ。晨光(チャンガン)
「はぁ……後で梅花宮へ立ち寄っておきましょう。その文は受け取ったのですか?」

 丞相の義妹が関わる可能性。お気づきになったよう。殿方二人はげんなりなさっておられます。

 自身に火の粉が降りかかると、流石の丞相もそうなるのですね。好い気味。

「いいえ。捨て置いたまま、持参した者に嬪である身の程を知れと言伝(ことづて)を命じてその場を去りました。何かしら謀るのなら、文を渡したと言い張る可能性もございますね。破落戸と下女でしたし、あれ以降会っておりません」

 どうやら貴妃と嬪の後宮での責任の在処(ありどころ)は、私の思った通りの認識で良さそうです。

「もしくは……ふふふ。今頃、妖にザリュザリュ襲われた話を触れ回っているのかもしれません」

 それならそれで、やりやすくなりましたね。機嫌良く、その時の様子を教えて差し上げましょう。

「ザリュザリュとは何だ!? 目を離した少しの間に、お前は何をどれだけ仕出かしておる!?」

 ……この法律上の夫は新妻かつ幼妻である私を、事実無根のやらかし犯に仕立て上げたいようです。

「何も? 勝手に倒れて泣き叫んだ末、失神する破落戸。そして泣き叫びながらも素直に謝った末に腰が抜ける下女。その一部始終を、ただ傍観していただけです。姿の見えない何者かから助けろと、面白い難癖をつけてらっしゃいました。どちらにしても、ちゃんとこの宮から出て行ったなら何よりです」

 あの時の二人は、後宮の東に位置する春花宮の嬪付き。恐らく丞相の義妹である、同じく東に位置する梅花宮の貴妃は、既に皇貴妃から釘を刺されております。

 それならば、と己の宮に属する春花宮の嬪を唆したのでしょう。

 皇貴妃の言葉は嬪に伝えていない。又は貴妃共々、嬪も皇貴妃を軽んじているかのどちらか。いえ、両方かもしれませんね。

 少なくとも貴妃は、暗に皇貴妃を貶めた行為を取った。しかし分が悪くなれば、春花宮の嬪に責任をなすりつけ、切れば良いだけ。

 梅花宮と春花宮。後宮の東側にある二つの宮の、(まこと)の関係はさておき、どちらにしても表向きは協力体制でいるようです。

 ただし下々の者達は、どうでしょう? どすこいを絶賛展開中のそこの破落戸達。

 梅花宮の者は、明らかに嬪付きの者を見下しております。そして秋花宮の者からは貴妃付きの者への劣等感が窺える。

 仲睦まじい陛下と皇貴妃。なのに皇貴妃付きの女官達を良く思っていない様子だった、陛下付きの女官や官吏達との関係のようではありませんか?

 梅花宮の貴妃は大方、春花宮の嬪が思うような成果を得られなかったが故に、今度は直接動いたのでしょう。私の後ろ盾は、梅花宮の貴妃の義兄である丞相。それを建前に、心配したとそれらしく理由をつけるつもりではないでしょうか。

 皇貴妃は梅花宮の貴妃に、私からの挨拶ができないと断りを入れた。しかし同時に、相手からの挨拶については言及しなかっとすれば? 言い逃れは可能ですね。

 皇貴妃が、それをわざと狙った伝え方をしたのかまではわかりませんが……ふむ。

 陛下は本日、私の所へ三度もいらっしゃいました。丞相が私を味方につけろと、皇貴妃共々諭したのではないでしょうか。

「小娘。入宮してほんの一日しか経っておらぬ。なのにほんの一日で、どれだけ自らに悪評がついたか自覚しておるか」
「悪評?」

 はて? 何かした覚えはありませんが?

「田舎貴妃や数打ち貴妃は、入宮前から囁かれていましたね。本日からは更に、守銭奴、粗野、傲慢、悪妃等々、なかなかのものが追加されていましたよ」

 首を捻れば、何故か丞相が嬉しそうに教えてくれます。

「まあ。そのように褒められると、照れてしまいますね」
「どこが褒められておるのだ!」

 頬に手を当てて照れを表現してみれば、夫には理解不能なようです。折角ですから教えて差し上げましょう。

「金銭感覚が良い。少々の事は気にしない広い心根の持ち主。妃たる威厳を備えている。切れ者。素晴らしい評価ではありませんか」
「どれだけ前向きなのだ!?」

 信じられない物を見るような顔を私に向けてくるのは、夫として如何なものなのでしょう。しかし中身は、私の方がお姉さんですからね。

「事実ですよ? ではそのような悪妃らしく、更に追加して差し上げましょうか?」
「ほう、例えば?」

 広い心で、出血大サービスを提案すれば、夫と違って丞相の方が愉快そうに、私の提案に乗ってきます。

「ふむ、失礼」
「え、おい! 何をする!?」

 まずは陛下の襟元を弛め、首を幾らか見えるようにします。横に流していた前髪は、崩して紫紺色の目元を隠しましょう。

 そうそう、特に触れてはおりませんでしたね。陛下はお忍びです。当然、藤色の髪は焦げ茶色の(かつら)で隠しておりますよ。

「そのままでいらして下さい」

 陛下に告げてから、未だに土俵でどすこい中の破落戸達の背後に立ちます。懐から金の延べ棒を取り出して、魔力で包み、軽く振りかぶりました。