「投げつけたりなど致しませんよ」

 子猫の怯えた様子に思わず苦笑してしまいます。

「もしあなたの存在が思った通りならば、付け焼き刃ではありますが……」

 頭ににそっと金の延べ棒を置くと、ビクリと硬直してしまいましたね。これは恐怖を感じてというより、体が金の延べ棒と反射的に反応しただけではないかと。


 子猫の頭から落ちないように手で支えます。その手から金の延べ棒、金の延べ棒から子猫の大きくなった体へと魔力を這わせます。魔力で子猫を包んだら、魔力を水へと発現しました。

 これ、動物を洗う時に短時間で終わって便利です。なおかつ、限られた量しか出せない水を無駄にしません。私独自のジャブジャブ魔法です。

 生活魔法の延長ではありますが、今はお留守番させている私の愛馬に好評なのですよ。

 それはそうとドス黒い水が、大きな体から流れ始めましたね。しかも見る間に、出会った頃の子猫へと縮みました。

「ガウ?」

 あら、キュルンとしたつぶらな瞳がキョトンと私を見返して、首を捻りましたよ。何が起きたかわかっていないようですが、とっても可愛らしいです。

 それよりこの水、どうしましょう?

『何様よ、あの女!』
『私の方が美しいわ!』
『お慕いしております……シクシク……』
『生家の爵位は私が上よ!』
『私を見て下さいまし、麗しい陛下』
『あんな年増がどうして愛を独占するのよ!』
『ふふふ。建国の宴で引きずり下ろしてやる』

 足下の水たまりに足先が触れていると、頭に様々なる女子(おなご)の声音が響きます。

 女子の業、撒き散らし過ぎではありませんか? 華ある後宮も、なかなかのものですね。女の情念とはいつの時代も、どこの世界も、生々しい。世の常なのかもしれません。

 私自身は、こうした情念など慣れたもの。特に引きずられる事もありません。気持ちの良いものではありませんが。

 ふむ、と少し考えます。そこらにある手頃な石を拾い、黒い水たまりは丸く囲って置きましょう。

「簡易の情念置き場です」
「ガウッ」
「南無南無」

 子猫も賛成とばかりに、良いお返事。行く前に手を合わせます。情念供養です。気持ちの問題というやつですよ。

 女子の念は怖いですからね。初代が生きた世界でも、古い物語の源氏物語なとでそうしたお話が出るくらいです。遥か大昔から、色男との色恋について回る議題かもしれませんね。

 初代から今の私(三代目)に至るまで、こうした物が視えてしまう質のようです。私の目には黒い水がモヤモヤと黒い煙を燻らせているように映っておます。しかし他の方にはただの濡れた土にしか見えないはず。

 アレ、誤って踏んだらどうなるんでしょうね? まあ今は私しかいません。後で立ち入り禁止の看板でも立てておきましょう。

「さあさ、日が落ちる前にまた鳥を狩りましょう! たくさん狩りますよ! えい、えい、おー!」
「ガウッ、ガウッ、ガウ〜!」

 意気揚々と追加の種と、手頃な石を片手に岩場へと戻ります。子猫に戻った子猫も!言葉を理解できるだけあって意欲的。

 そして……。

「んっふふふ、大漁です! 鳥ですが!」
「ガウッ」
「本日は鳥肉祭りです! 流石は後宮! 鳥はボケボケして狩り放題! おまけにフクフクと太って柔らかな肉質! 平和ボケした鳥ばかりで嬉しゅうございます! あの辛味調味料で味つけして屋台で売ったら、絶対行列店になりますよ! あー、貴妃などより、お金儲けがしたい!」
「ガウッ、ガウッ」

 薄暗くなった夕暮れ時。岩場で嬉々として羽根を毟る私。鳥の頭や内臓をバリバリ食す子猫。

「おい、どこの狩猟民族を後宮に入れた!? 後宮は狩り場ではなかろう! しかも呪いの宴を開いておるようにしか見えん! そなたの一推し貴妃は、本当にアレで良いのか!? 妻と認めるわけてはないが、本当にアレで良いのか、晨光(チャンガン)!? 大体、どれだけ金が好きなのだ! おまけに妖の餌づけに成功しておるぞ!?」
「ブフォッ。さ、流石……ブフッ……たった一日かそこらで……」

 とこからか失礼極まりない評価と、相変わらずの笑い上戸な声が。

 妖と仰っておりますから、あちらでコソッと隠れているお二人に子猫は視えているのでしょう。