「……あ」

 思わず声が漏れます。戻って早々、目が合ったのは生き物。金色の瞳をした黒いトラ猫ちゃん。ですが背に蝙蝠(こうもり)のような黒い翼が生えている子猫は、全ての人生で初めて見ました。

 もしや時折、ふとした時に出くわす(あやかし)の類いでしょうか。

 しかし今の私に、そんな事はどうでも良く……。

「あちきの肉ー!!!! 返すでありんすー!!!!」

――どうでも良うござんせんのは、子猫が(かぶ)りつくその肉でありんすー!!!!

 子猫はビクッと高く跳ね、バサッと翼を羽ばたかせます。

「逃しんせん!!!!」

 懐に手をやり、金の延べ棒をサッと掴みます。素早く魔力を纏わせて、黒い翼を目がけて全力投擲。

「フギャッ」

 猫らしい悲鳴を上げました。命中です。小さなお口から、お肉がボトリと地面に落下します。

「んっふっふっふっ。逃しんせんよ、子猫ちゃん」

 ちょこっと齧られたお肉と、近くに落ちた延べ棒を素早く拾いんし……コホン。拾っておきます。うっかり初代の口調にになっておりましたね。

「フーッ、フーッ」

 毛を逆立て、随分と威嚇されまくりですね。子猫は毛を逆立て、今にも私に飛びかかって来そうです。

 それにしても牙はともかく、子猫の毛が随分トゲトゲしてませんか? 触れると刺さりそうなほど硬そう……あ、葉っぱが突き刺さってますね。

 それに翼……あら、手加減を間違えてしまったようです。子猫ちゃんの片翼から血が出ております。これでは、このように威嚇されるのも致し方ございません。

「けれど人様の獲物を強奪する方が悪いのですよ? このいたずらっ子。め、ですよ」
「フーッ、フーッ」
「まあ、言葉は通じませんよね」

 子猫に話しかけてから自嘲気味に呟けば……。

「フガオッ、ガオッ」

 何だか言葉が通じたようなお返事ですね?

「もしや言葉がわかりますか? お肉、欲しいですか?」
「ガウッ」
「そうですか。では半分……」
「フーッ」
「ムムッ。では一欠片とて差し上げません」
「ガ、ガウッ」
「元よりこれは私のお肉です。子猫ちゃんなら、もっと愛想を振りまいておねだりなさい」

 プイッと踵を返し、子猫は無視してスタスタと歩きます。鉄鍋とお肉は少量ですが魔法で水洗い。鍋には再び水を満たして、火にかけ直します。私もこれくらいの魔法なら使えるんですよ。

 鳥の脚を持ち、表面の産毛を焼いて口当たりを良くします。懐にしまっておいた葉っぱをまな板代わりにして、袖口に忍ばせていた小刀でお肉をパパッと切り分けて鍋に入れてしまいます。

「んふふ、鳥出汁を取ったら焼きましょう。せめて塩か(ジャン)があれば……」
「ガウッ」

 おやおや? 子猫はお肉を諦めてどこぞに消えたと思ったのですが、こちらにまいりましたね。

 咥えていた陶器製の瓢箪を私の前に置くと、少し下がって腰を下ろしました。

 よく見ると毛が柔らかそうなものに変わっていますね。どのような仕組みがあるのでしょう?

「この離宮のどこかあった物ですか?」
「ガウッ」

 子猫ちゃんも空腹なのか、最初と比べて従順です。可愛らしい。

 埃を被った瓢箪を手に取って軽く払れば、シャラシャラと乾いた音。しかし中が少し固まっているような感覚もします。

 瓢箪をグルリと観察すれば、底に玄武の焼き印がありました。この宮の所有物で間違いないようです。

 口の栓を抜いて臭いを嗅いでみます。これは唐辛子をブレンドした香りですね。恐らく一度も栓を引き抜かなかったからこそ、経年劣化の進みが遅かったか、もしくは何者かが瓢箪に保存魔法を掛けて劣化を防いでいたのでしょう。

 わざわざ玄武の焼き印を押したという事は、当時の水仙宮の夫人が口にする物だったかもしれません。保存魔法は誰でもかけられるものではありませんし、それがかけられた品物は高額です。

 栓をし直して縦に振ってみれば、固まった粉がちゃんとバラバラになる手応え。念の為、少し手に出してから口に含みます。塩と唐辛子、乾燥薬味を配合した万能調味料のようですが……。

「美味しい。これは調合した者の腕の良さがうかがい知れますね。私にくれるのですか?」
「ガウッ」

 子猫は返事をすると、煮ているお肉をじっと見つめました。