「趣味は趣味です。嗜好品に媚薬成分が含まれておりましたので、仕方なく慣らしたとも申しますね。諸事情までは教えて差し上げません」

 チョコレートの主原料である加加阿(カカオ)。太夫だった初代の世界も、娼妓だった二代目のこちらの世界でも、カカオは存在し、媚薬成分が含まれております。

 もしかすると高貴な身分の方々は、詳しくないかもしれませんが。

 チョコレートはほのかな苦味も良い塩梅(あんばい)の、甘くて美味しい食べ物。

 初代から今代まで、好んで食し続けております。幼少期は夜中にこっそり食べた翌朝、顔面血塗れとなって侍女を絶叫させたものです。

「……まったく、あの腹黒は何という貴妃を……そなた本当に(フー)家の娘なのだろうな? 実は替え玉ではないのか?」
「できる事ならそうしたかったのは本心ですが、れっきとした本物です。このような場に替え玉を送って何かしらしくじれば、結局は生家共々沙汰を受けてしまいます。つまらぬ疑いをかけるくらいなら、とっとと追い出して下さって結構ですよ。今すぐの実行を、常に希望しております」
「……本当に望まずに入宮したのか」

 今更です。ちょっとムカッとしますね。もちろん微笑んで、胸にしまっておきますが。

「皆が皆、皇帝の妻の座を望むと思いこまないでいただきたいものです。だから()()()()()()のですよ」
「見落とす?」

 少なくともそれを逆手に取れば、有用な手段が一つ増えるというのに。思いこみとは怖いですね。

「時にご自身の妻については、いかがなのです? 此度の件を計らずも仕組んだのは、皇貴妃でございましょう」
「やっぱりお見通しか。そなたは皇貴妃をどうするつもりだ」

 ピリ、とした空気が醸し出されます。迷惑です。私には威圧程にも感じませんが、無駄遣いする魔力があるのは羨ましい。

「陛下にどのように仰られたかによって、行使する何がしかは変わります。当然の事では?」
「これは皇貴妃からだ」

 なんと! 陛下の懐からはジャラリと音を立てて、金の延べ棒が三本も! 素敵です!

「包み隠さずお話し下さるなら、もちろん不問と致しますよ」
「どれだけゲンキンな性格を……」

 再び、にっこり微笑んで懐へ仕舞えば、陛下は随分と呆れたお顔ですね。

 しかしそんな事は気にならない程、重くなった懐の硬い感覚に癒やされます。

「拝金主義と仰って下さい」
「大して変わらん」
「全く違います。それにそちらの方が、この謀りばかりの後宮においては信頼できるのでは? 金さえ払っておけば裏切る事のない者は、寧ろ貴重ですよ」

 ハッキリ、キッパリ言い切って、ついでにエッヘンと胸を張ります。

「自分で言うでない。それにしてもそなたは本当に十四なのか」

「産まれて十四年も女子おなごをしていれば、こうなります」

 中身はかなり年季が入っておりますが、そこは乙女の秘密です。

「流石にそなたは行き過ぎだ」

 失礼な。そのように麗しいお顔を顰しかめられると、乙女心が多少は傷つく……事も特にはありませんね。

「そもそも、このように私に会いに来ずとも、皇貴妃との間にお子を作ればひとまず安泰では? 皇貴妃の生家は公の爵位を賜った、この国の由緒正しい古き名家。加えて、お父君は立法を司る長である司空。林傑明リン ジェミン様ご自身も、公を賜ってございましょう」

 初代では西洋にあったという、異国の騎士爵のようなものですね。個人が賜る爵位です。任を解かれるまで与えられる爵位で、生家に爵位が無くとも名乗る事が可能です。

 この国では丞相と司空の他、軍事を司る二つ。大尉と大将軍を含めた四つの長が、個人に公を賜ります。

「チッ、それができていれば苦労はせぬ。皇妃も此度のようにそなたを警戒し、立場を示そうなどとはせなんだ」

 ふむ、と考えて首を捻ってしまいます。

「それは随分と、お門違いでは?」
「そなたは……はぁ。その通りだ。だが、なかなか子が出来ず、三度みたびも子が流れた。そなたのような成人したばかりの小娘に、皇妃の苦悩など想像もできぬだろうよ」

 陛下は一瞬怒りを滲ませましたが、結局ため息を吐く事に。ご自身も、皇貴妃とのお子を心待ちになさって過ごされてきたからでしょうか。

 しかし私は、わからないなどとは一言も申しておりません。勝手に自己完結なさらないで欲しいものです。

 ならば子を作る事すら許されず、時に堕胎薬を飲まされた者は? 身請けされても、そのせいで子ができなかった身の上の女子おなご? 当然のように子を作る事すら叶わなかった者の気持ちなど……。

 いえ、それこそ言っても致し方ありません。初代の人生は、既に終わったのですから。

 過去の悔恨にも似た苦しみから、気持ちを切り替えます。