『そう。私はこれから人を雇い入れる者達の責任を負うと、はっきり夫となる皇帝陛下に宣言した。()()の何かしらの責任は、誰が負うの?』

 滴雫(ディーシャ)は私に仕える女官達が取り返しのつかない事態を起こす事も、その責任を女官達の主である私が清算するはずだった未来も正した上で、無かった事にした。

 陛下の愛故に座り続けていられるこの皇貴妃という立場。言い換えてしまえば、愛だけで座り続けているという事。

 今、後宮が荒れに荒れているのは、ひとえに私自身に治めるだけの力が無いから起こっている。

 つくづく私は皇貴妃としての器ではないと、今日、改めて感じた。それどころか子すら産めぬ私は、妻としても劣る。

「そうですね、良い機会でしょう」

 丞相の言葉に、物思いに沈みかけた意識が、ハッと浮上する。

「これまでの皇貴妃が感じていた想いを、仕舞い込まずに全てご夫婦で話し合って下さい。それから先に、これだけはお二人に伝えしておきます。胡滴雫(フー ディーシャ)を味方につけ、どうか守って差し上げて下さい。此度の事で、あの貴妃の後ろ盾が私だけでは弱いのだと、おわかりになられましたね。あなたがた二人が今後も夫婦として在りたいならば、余計にあの貴妃をお守り下さい」
「どういう……」
「それでは、私は違約金の処理がございますので、これにて」

 陛下の言葉は無視し、丞相は礼を取って退出していく。

 違約金の処理……。恐らくこれに乗じて、これまで丞相の立場から目に余る言動を取っていた、私の宮に属する女官達を切り捨てるはず。

 私の力が貴妃達よりも更に弱まってしまう……。

 しかし恐らくディーシャが先に送った身の回りの品々は、私の宮のみならず、他の宮の女官達も手をつけている。

 元々は、そうした他の宮の落ち度を作る為に餌にすると聞いていた。

 更には私が夫の子を諦め、皇貴妃を辞する決意を固め、最適な皇貴妃を見出す為の時間稼ぎ。

 だから四夫人の一人として迎え入れる事を許可する書類は、私が自ら作った。

 (フー)家ほど、最適な家の娘もいなかった。だからディーシャに白羽の矢が立った。あくまでこの帝国を維持する為の餌であり、生贄として。

 なのに丞相は恐らく、ディーシャを貴妃としてではなく、あの者自身を味方につけろと言っている。

 丞相から話が上がった当初から、若い娘に酷な事をするものだと申し訳なく感じていた。

 なのにいつしかその若さに嫉妬を覚えてしまった。もっと若ければ子を授かる機会がもっとあるのにと。

 そこでふと、ある事に気づく。

 丞相はいつからか、ディーシャを餌にする話を口にしなくなった。丞相の中で、何かが変わったという事?

 そうか、私は夫の幼馴染みではなく、皇帝の右腕として丞相にはめられたのね。

 私が覚悟をハッキリと陛下に示す為、ディーシャに関する全ての取り決めに強く助言しなかった。あえて私と陛下がどうとでも取れるよう仕向けて、好きにさせていたに違いない。

 もちろん、私が正しく取り決めて実行していれば、こうはならなかった。ディーシャの中身はともかく、成人したばかりの少女相手に、決してしてはならない事をしてしまった故の、しっぺ返し。

 入宮したその日に通されたのは廃宮。仕える女官もおらず、言葉そのままに道案内しただけの横柄な女官。あの者が破落戸(ならずもの)と呼んだのなら、女官はそれ程酷い言動をしたと容易に想像できる。

 何より、初夜に夫となる皇帝が薄皮とはいえ首を切ったなどと。さすがに我が夫ながら、叱責したくなった。

 更にその翌日も、再び破落戸が現れて廃宮を押しつける話を平然として追い討ちをかけた。

 普通の若い娘ならば、ただ泣いて生家に縋ろうとする。しかし、そうできぬように朝廷において影響力が少なく、立場も弱い、他家への関わりも殆どない辺境にある伯の家柄を選んだ。

 ……ディーシャの胆力は、非常識過ぎる程に強くない? 寧ろあの者は家柄さえ良ければ、すぐに皇貴妃すら務まる風格を持ち合わせている。

 そこまで考えて、丞相がディーシャの内に、皇貴妃としての器を見出したのではないかと思い至った。

「ユー? どういう事だ?」
「シャオ……」

 黙りこんでしまった私を気遣わしそうに愛称で呼ぶのは、愛しい夫。今では二人きりの時にしか呼べなくなった愛称を口にする。

 きっと今、私の顔は不安に揺れている。軽く眉を(ひそ)める私の夫からは、そんな私への愛情を感じて幸福感すら覚える。

 けれど私の汚い女の部分も全て晒せば、夫の私への愛が薄らぎ、もしかすると消えてしまうかもしれない。この愛だけが今の私の全てなのに……怖い。怖くて仕方ない。

 それでも……。

「全て私が悪いの」
「……話してくれるか?」

 何かを察したシャオは私の肩を抱き寄せ、共に長椅子に腰かけて手を握ってくれた。シャオの肩に頭をもたれかけながら、ぽつぽつと話し始める。

 どうか夫の心が離れませんようにと願いながら。