『では、僭越ながら申し上げます。皇帝陛下の醜聞たるお噂は、辺境の地である我が領にも広く轟いてございます。こと後宮の内情に関わる噂は、あまりに酷いもの』

 くそ、耳が痛いな。

 だが俺だって好きでやっているわけではない。これでも純愛なんだよ。皇妃へのな。

 正式名称は皇貴妃だ。だが他人(貴妃)と明確に区別したいのと、他国の一夫一妻制度で呼ばれる王妃や皇妃のつもりで呼んでいる。俺にとっての妻は皇妃だけだからな。

 貴妃と違って皇妃は後宮内、皇宮内の統制を皇帝と共に統治する。(まつりごと)にも参加し、主に治水事業と外交に携わる。

 対して貴妃達は、己に与えられた宮を個別に統括するだけ。

 だから小娘の事前調査録などいつものごとく、まともに見ていなかった。下手をすれば貴妃の下の位となる、三嬪より後ろ盾は弱いからと侮った。

 初夜がどうとか、朝から丞相に言われ続けていたのは覚えている。だが今日は貴妃が増えた日かとなんの感慨もなく、ただ認識しただけにすぎない。

 もちろん初夜に付き合う理由がないからな。俺からすれば勝手に後宮へ入りこむ他人だ。

 政務を終えて幼馴染の顔になった丞相に、初夜へ向かえと蹴り飛ばされてこの場に来た。しかしそれは、ここを突っ切れば最短で最愛の妻の住む宮へ辿り着くからだ。

 南宮にいる妻の元には北宮に当たるここを突っ切るのが一番早い。

 大体こんな廃宮の物入れに、貴妃がいるって誰が思うんだよ!?

 まあ流石に手違いだろう……手違い、だよな? 俺にだって常識と良心くらいはあるぞ?

 小娘か入っていった場所は、昔いじめに耐えかねた下女が首をくくった、まさにその場所だ。その後、物入れも含めた北宮の主が病没した。縁起が悪いからと宮ごと廃宮になったんだ。女のいじめ怖いな。

 その流れで皇妃と貴妃を合わせた四人体制となる四夫人を、三人体制の三夫人にした。

 まさか丞相(腹黒)が俺の行動を予測して……。いや、それでも自殺現場の物入れは無いだろう。……多分? ……腹黒にだって良心はあると信じたい。一応あの小娘の後ろ盾だし。

 貴妃は皇貴妃に次ぐ高位の妃だ。その下に嬪と続く。昔は更に貴人やら常在やらがいたが、先々々代くらいから徐々に減らして廃止させていった。国庫食い過ぎなんだよ。

 特に当時は入宮に際して、持参金も献金も無かったらしい。何代か前の皇帝が、海向こうの国の制度を取り入れて入宮には金が必要になった。

 三国統一した七代前の皇帝。俺の先祖だが、戦争では機種、政治では賢帝と呼ばれている。

 だが、とんでもない色呆けだったみたいだ。征服した国やら、同盟国やら、手当たり次第に女を後宮に入れて、最大数百人規模に膨れ上がらせていた。

 それに仕える者達を足せば、数千人規模の後宮が出来上がったのだから、恐ろしい。

 三国といっても、当時は三つそれぞれの国に属国を含め、小国も点在していたんだ。統一させ、富国強兵に尽力した初代皇帝を尊敬している。

 その為に政略として、方々から妃や妃っぽいのを後宮に入宮させまくったのも……まあ……わからなくもない。

 それ以降何代かの皇帝がそういう政策は取っていたしな。それにしたって初代皇帝の数百人規模はやり過ぎだ。

 一夜(ひとよ)に十数人を相手にしたとかいう逸話もある。概ね、真実らしい。

 そんな初代皇帝が三国統一前の国王時代。実は唯一望んだ女人がいたとかいう逸話がある。絶対嘘だ。色呆け皇帝の名を払拭する為の作り話だと、俺は信じている。

「くそ、ユー。許せ」

 俺が唯一操をたてる至宝の玉、皇妃玉翠(ユースイ)に謝り、踵を返す。

 早く俺達の間に世継ぎを作らねばと焦るも、俺の魔力とユーの魔力の差があり過ぎて、なかなか出来ない。この十年程で三度出来たが、すぐに流れてしまった。

 俺の魔力が高過ぎるのが問題だ。恐らく他の貴妃や嬪とて同じ事。

「なのにあの古狸共がっ」

 怒りで魔力が漏れて勝手に覇気が出たが、誰も見ていない。どうでも良かろう。

『やはり皇貴妃一人では荷が重いのでしょうな。初代皇帝も、あれ程の規模の後宮を抱えながら、出産までできたのは四人。無事に一年を迎えた御子(みこ)は三人ですぞ?』

 帝都の軍事を司る長、燕峰雲(エン フォンウン)大尉がそう言い出した。後宮の西に位置する、蘭花(ランファ)宮の貴妃主の父親だ。