次の水曜日、学校、朝
おはようと言葉を交わすクラスメイトたち
結局酷い風邪で学校も月火と休んでいた理沙がマスク姿でやっと登校してくる
純はそれを見てガタンと立ち上がった


純「理沙!」

理沙「あ、純。おはよ〜、やーっと風邪良くなってきたわ」

純「昨日の夜まで2日も連絡付かないんだもん、超心配してたよ」

理沙「ごめんごめん。昨日やっと熱下がってまともに起き上がれるようになってさ……ゴホッゴホッ」


咳き込む理沙の背中をさする純


純「大丈夫?まだ休んでた方が良かったんじゃない?」

理沙「大丈夫大丈夫、今は熱ないし、咳が残ってるくらい。
本当にやばくなったらちゃんと保健室行くしさ。
それよりイベントごめんね、大丈夫だった?」

純「それに関しては全然大丈夫!
臨時で手伝ってくれた人がいて、無事完売したよ」

理沙「お、そりゃよかった!
けどやっぱあたしも行きたかったな〜イベント楽しいし。
てかさ〜」


話している間に、悠征が教室に入ってくる
無意識に目で追う純、その間も理沙は話し続けるが、話は何も入ってこない

悠征もまた、歩きながら純に目をやり、一瞬視線が絡む
その瞬間、ふっと悠征が優しく口元を緩めたように見えた


理沙「…………み。
純、おーい、純〜?」

純「へっ」


急に動きが止まった純を怪訝に思い、純の名前を何度も呼びながら、最終的には視線の先に無理やり割り込んだ理沙に、やっと純が我に返って理沙を見る


純「……あ、ごめん。なんだっけ」

理沙「なんだっけじゃないよ。ノート!
休んでた分写させてって」

純「あぁ、うん、もちろん」


誤魔化すように慌てて笑い、ノートを取り出しながらもう一度悠征を見るも、さっきの微笑みが幻覚だったんじゃないかと思うくらいに何事もなかったかのように着席する悠征しかいなかった


純(………………)






◾️場面転換
授業中、数学の時間
先生に当てられ、黒板の前に出る悠征
難しい途中式をスラスラと書いていき、あっという間に答えまで辿り着く


先生「正解だ。よくできているな。
この問題のポイントは……」


先生が解説に入ったのを横目に、自分の席に戻りスッと着席する悠征
ずっと悠征を目で追っている純


女子生徒(ひそひそと)「流石真中くんだよね〜、間違えてるとこ見たことない!」

女子生徒(ひそひそと)「ほんとほんと、できるのが当然って感じ。かっこいいよねー!」

純(…………確かに、かっこよくて尊いな)


純は一瞬だけ聞こえてきたひそひそ話の主たちをチラリと見るが、また悠征に視線を戻した





◾️場面転換
昼休憩
弁当を食べる純と理沙

もくもくと食べる純の視線の先にはまたも悠征

スマホを見ながらパンを食べていた悠征が、おもむろに紙パックのジュースに手を伸ばす
そしてストローを突き刺すが、力を入れすぎたのか少しジュースを溢す
慌ててティッシュで手を拭く悠征に、思わずくすっと口を緩める純


純(可愛くて尊い……)


そんな純を眉を顰めて見る理沙


理沙「何ニヤニヤしてんの?」

純「えっ?あ、ううん、何でも」

理沙「……変な純」





◾️場面転換
体育の授業中、体育館
女子と男子にわかれ、体育館をネットで二分割して、舞台がある体育館前方では女子がバレーボールを、もう片方の体育館後方では男子がバスケットボールをやっている
理沙は体調を考慮して見学をしており、舞台上から見学をしている

バレーコートに立ちながらも、目で悠征を追う純

悠征は軽い身のこなしでボールを操り、ディフェンスを抜くと、綺麗にボールを放ってゴールを決める
瞬間、きゃー!!!と休憩中の女子から歓声が上がる


純(……尊すぎる!!!)


そう思ったのも束の間


理沙「純!危ない!!!!」

純「へっ?」


舞台上から飛んできた理沙の声に反応した純が悠征から視線を外すと、まっすぐこちらに飛んでくるバレーボールが見える
見えたが、避けるだけの反射神経はなく、ボールはバシン!!!と純の顔面に直撃する
目の前が真っ暗になり、意識が途切れる





◾️場面転換
保健室で目が覚める純
ベッドに寝かされており、そばには理沙が座っている


純「ん…………」

理沙「純!目ぇ覚めた!?」

純「あれ……私……」

理沙「見事な顔面サーブで気失ってたんだよ!
先生は軽い脳震盪だから大丈夫って」

純「うわ、倒れたってこと?恥ずかし〜……」


恥ずかしさに顔を歪める純を、ホッとしつつも神妙な顔で見る理沙
少し間があってから、理沙は口を開いた


理沙「……あのさ、あんた真中となんかあった?」


唐突に悠征の名前が出て、ドキッとする純


純「えっ……な、なんで悠征くん」

理沙「いや、なんでって言うか。
今日一日、あんたずっと真中のこと見てんじゃん」

純「嘘、そんな見てた?」

理沙「そんな見てた。し、真中も真中でわかりやすいし。
ここまで純を運んできたの、誰だと思う?」

純「ま、まさか……」

理沙「そ、真中だよ。
あんたが顔面サーブでぶっ倒れた後、血相変えて駆け寄っちゃってさ。おかげで女子がすごい悲鳴上げてた」

純「………………」


少し赤くなった顔で俯く純に、理沙はため息を吐く


理沙「ま、言いたくないんなら聞かないけどさ。
でも心ここに在らずで怪我するのはやめてくれない?
普通に心配するから」


立ち上がり、腰に手を当てながら純のおでこを人差し指で押さえる理沙


純「ごめん……」

理沙「で?どっか痛いとこは?」

純「全然ない」

理沙「おっけー、じゃああたし先生に報告がてら戻るから。
純はこのまま休んでなよ」

純「うん、ありがとう」


ひらっと手を振った理沙が保健室を出て行ったのを確認すると、純は布団に顔を埋める


純(私、そんなに見てた…………?)


思い出される、かっこよくて尊い、可愛くて尊いと感じていた記憶
確かにずっと見ていたことに気付く


純(完全に無意識だった。
無意識に、目で追っちゃってた)


左手で、心臓の前あたりの服をぎゅうと掴む


純(この気持ちは……もしかして……)






◾️場面転換
放課後、教室
部活をしている生徒たちの声が聞こえるような時間帯
念の為、既に他のクラスメイトは帰ったり部活に行ったりしているような時間まで保健室で安静にしていた純
特に問題はないと判断され、帰宅のために荷物を取りに教室に戻ってきた

そこに、1人純を待っていた様子の悠征がいる

ガラリと純が教室のドアを開けると、スマホを見ていた悠征が顔を上げる



悠征「純!」


純を認識して、少し焦った顔の悠征が立ち上がる


純「悠征くん……」

悠征「心配で待ってた。痛いとこないか?」

純「うん、もう大丈夫」


言いながら純が自分の席につくと、はぁ〜……と深く安堵のため息を吐きながら純の前の席に座る悠征


純「聞いたよ、保健室まで運んでくれたって。ありがとね」

悠征「マジで焦った。気をつけろよ」

純「ごめん」


そう言って、愛おしそうに純の頬を撫でた悠征
至近距離で、目と目が合った

純はその手の温もりを感じながら、ゆっくりと口を開く


純「あの……私、一個気付いちゃったことがあってね」


純が頬に触れていた悠征の手をそっと掴んで下ろし、そのまま両手でその手を握る
視線を下ろし、握っている両手を見つめながら続ける


純「私……悠征くんのこと……」

悠征「……俺のこと?」


ドクン、ドクンと静かな教室に鳴り響く鼓動
悠征は純の目を見つめるが、純は視線を上げない
そして、純はそのまま大きく息を吸ってから、ぎゅっと目を瞑ると


純「…………推しになっちゃったかもしれない!!!」


そう言い放った
予想外の告白に固まる悠征


悠征「……………………は?」

純「だって!気付いたら目で追っちゃってたり、やってること全てを尊いって思っちゃったり、これは間違いなく推してるよ!」


バッと視線を上げ、悠征と目を合わせる純
その目はいつものオタク語りをしている時のようにキラキラとしていて、しかし悠征には少し別の意味の熱をはらんでいるようにも見えた


悠征「そ……れは、好きとは違って?」

純「そりゃあ、推しだから好きに決まってるよ」

悠征「そうじゃなくて。恋愛的な好きは?」

純「えっと…………」


途端に勢いがなくなり、目を逸らす純
純は恋愛経験がなく、今まで二次元しか推してこなかったため、恋愛的な好きにイマイチピンときていなかった


悠征「ほら、デートしたいとか、キスしたいとかさ。
そういうのねぇのかよ」

純「それは……思わないって言うと嘘になるんだけど」

悠征「それなら」

純「でも、それって二次元の推しにも同じこと思うんだもん……」

悠征「………………」


純の答えに、悠征は黙り込む
しばらくして、今度はハァ〜〜〜……とどこにもぶつけようのない感情を吐き出すようなため息を吐き、握られた手を振り解く悠征


悠征「……わかった。今はそれでいい。
推しでも、一歩前進は前進だろ。でも俺は」


グッと両の手で純の頬を包み込み、そらしていた目を無理やり自分に向かせる悠征


悠征「“推し”じゃ足りない」


悠征は真っ直ぐ目を見つめて切なそうに目を細めて言った
純は見開いた目を逸らせない
続けて、純のおでこに自分のおでこをくっつける悠征


悠征「もっと、俺のこと好きになって」


過去一の至近距離で見つめられ、純の目が揺れる
恥ずかしさを誤魔化すように、純は言い訳を並べる


純「で、でも……よくよく考えたらVtuberとそのオタクが付き合うのって、身分的に釣り合わないって言うか」

悠征「言ったろ?
身分なんか知らねぇ。
そんなしがらみがどうでもよくなるくらい、俺のことを好きになれば良い。
そうしたら、俺が全部守ってやるから」


悠征は頬から手を離し、適度な距離をとりながらいつかのセリフ(四話)を引用し、ニッと笑う


悠征「明日から、覚悟しとけよ」


悠征は指でピストルの形を作り、純に向けながら、堂々と宣戦布告をした