悠征「俺は純の特別になりたい」


ざあっと風が吹き、木々が揺れる
真剣な顔の悠征と、目を見開いた純
純は言われたことの意味が上手く理解できず、混乱する


純「そ、それって———」

男子生徒「———すんませーん、ゴミ捨てお願いしたいんすけどー」

純「えっ!あっ、はい!」


そこにゴミを持ってきた男子生徒から声がかかり、会話が中断される
ゴミを片付けながら、完全に聞き返すタイミングを見失った純


純(一体どういうこと……!?)





◾️場面転換
そのまま進展なく文化祭が終わり、次の日曜日
同人イベント当日、イベント会場
ガヤガヤとした会場で1人立ってキョロキョロとしている純
イベント会場で理沙と待ち合わせをしているが、なかなか来ない


すると純のスマホに理沙から電話がかかってくる


純「もしもし理沙?」

理沙「ゴホッ……純ごめん、めちゃめちゃ風邪引いちゃったみたいで、……ゴホッゴホッ」

純「えっ!?大丈夫?」

理沙「正直今の今まで起きあがるのすらキツくて……今日行けそうにない、報告ギリギリになってごめん」

純「全然気にしないで!こっちは1人でも多分なんとかなるし!ゆっくり休んでよ」

理沙「うん、ごめん、ありがとー」


笑顔で電話を切るが、すぐにハァとため息をつく純


純(1人参加かあ、ちょっと寂しいなあ)

悠征「……純?」

純「へっ?」


肩を落としていると、後ろから声をかけられる
私服の悠征が立っていた


純「えっ!?!?悠征くん!?!?なんでここに!」

悠征「こないだ同人イベントがあるって言ってただろ。
どんなもんなのか気になって……」


本当は純と会えるかもと期待していた部分もある


純「それで来てくれたの……?」

悠征「今の電話、なんか困り事?」

純「あ……実は、理沙と一緒に参加予定だったんだけど、風邪ひいちゃったらしくて」


あはは、と苦笑まじりな純に、悠征は口を開く


悠征「じゃあ———」






◾️場面転換
純、もとい作家『隅っこ先生』のブース
永遠との夢漫画をメインコンテンツとした同人誌が机の上に並べられ、椅子に座って販売員になっている


女性客「いつもSNS見てます……!
最近はもう隅っこ先生の夢漫画が生き甲斐で……!」

純「生き甲斐!?光栄です、ありがとうございます〜!」


隅っこ先生のブースは大人気で、お客さんがずらっと並んでおり、一人一人と会話しながら手渡しで同人誌を売っていく純
しかし純の心中は穏やかではない


純(何故私は推し本人と夢漫画を売っている…………?)


純の斜め後ろ、邪魔にならないところに置いた椅子に座っている悠征
顔のいい男が夢漫画ブースにいるという奇妙な現実


女性客2「後ろの方めっちゃイケメンですね」

純「あぁ、は、はは」

純(正直この列半分くらいイケメン効果な気がする)


心なしか後ろが眩しい気がする純
悠征は素知らぬ顔で座っている



(回想)
悠征「俺は純の特別になりたい」
(回想終了)


純(結局あの後も、何もなかったみたいに普通だし。
聞くに聞けないし……)


もやもやとしながら同人誌を売っていく純


女性客3「毎回楽しみにしてます〜!
ところで……(耳に口を寄せ、小声で)隅っこ先生の彼氏さんですか?」

純「かっ…………ち、違いますから!」

女性客3「え〜慌て方が怪しい〜!」

純「違いますって……!」


時折揶揄われつつ、大勢の女性客の相手をする純




一方悠征は


悠征(同人イベントってこんな感じなんだな……)


笑顔で客と会話している純や周りを新鮮な気持ちで見ている


悠征(あ、あっちにもエバスタの作品がある。
あっちは星月メインか……すごいな)


純の周りのブースにはちらほらと他のエバスタ作家も設営をしており、悠征は初めて生のファンを目にする


純「ありがとうございました〜!
ふう、結構売れたなあ」


ちょうど客の波が途切れ、一息ついて周りを見渡す純
ダンボールいっぱいに詰まっていた同人誌は、残り三分の一もないくらいに売れていた


悠征「お疲れ」

純「ありがとう。悠征くんは他のとこ回ってみなくて平気?」

悠征「あぁ。十分ここで楽しめてる」


言いながら、少しそわそわしている純に気が付く悠征


悠征「……どうかした?」

純「あ〜……実はね、このイベントに私の好きな同人作家さんも出てて。
時間があったら顔出してご挨拶行きたいなって思ってたんだけど、ありがたいことにお客さんたくさん来てくれるから」


本当は理沙に店番をしてもらって見に行くつもりだったが、できなくなってしまっている
ちょっと困り笑いをしている純に、悠征が提案する


悠征「俺、店番するけど」

純「え゛っっ、ダメだよ!
ここ仮にも永遠くんメインブースだから、お客さんほぼ永遠くん推しだもん。
流石に声で身バレ待ったなしだよ」

悠征「あ……そうか」

純「気持ちはすごく嬉しい。ありがとね」

悠征「…………」


どうにかできないかと辺りを見回す悠征
ふと、飾りとして軽くイラストを描いて飾ってあったホワイトボードを見つける


悠征「これならどうだ」


ホワイトボードを手に取り、ドヤ顔で『筆談』と書いて純に見せる悠征


純「〜〜〜〜〜、ちょっとだけ行ってきます!」


押しに負け、悠征に店を任せた




◾️場面転換
純がブースを離れてしばらく


女性客4「きゃ〜!イケメンに売ってもらっちゃった〜!」

悠征(筆談)『ありがとう』


きゃっきゃと嬉しそうに同人誌を抱えて去っていく女性客
順調に店番を務めていると、また新たな客がやってくる


女性客5「あの、10冊ください!」

悠征『めっちゃ買うじゃん』


思わず筆談で突っ込むと、女性客が笑う


女性客5「だって、たくさん布教したい人がいるんですもん!
永遠様の魅力をもっと知って欲しくて、その魅力が1番出てる漫画が隅っこ先生のだって思ってるので、10冊なんて少ないくらいです!」


キラキラと目を輝かせる女性客に、興味をそそられる悠征


悠征『なんでそんなに永遠が好きなの?』

女性客5「えぇ〜!もう存在が神!って言うのが本音なんですけど。
あえて言うなら、永遠様に救われたからですかね」

悠征『救われた?』

女性客5「はい。ちょっと仕事で辛い時に、たまたま配信で永遠様が“俺はリスナーのみんなが頑張ってるの知ってるし”って言っているのを聞いて。
なんか一気に私の頑張りが報われたような気がして、希望が持てたっていうか……本当にたまたまなんですけどね。
でもそのたまたまが、本当に私を救ってくれたのは事実なんです」


はにかむように語る女性客
悠征は自分の活動が誰かを救っていることを初めて直に感じ、感動して少し目を見開く


悠征『そうか。教えてくれてありがとう』

女性客5「いえいえ!こちらこそ素敵な作品を売ってくださってありがとうございます!
隅っこ先生にもよろしくお伝えください!」


そう言って立ち去る女性客
そこにちょうど純が帰ってくる


純「ただいま帰りました……!
店番ありがとね、大丈夫だった?」

悠征「ああ」

女性客6「すみません、一部ください」

純「あっ、はーい!ありがとうございます〜!」


奥の席に戻った悠征は、胸に残る暖かさを感じる






◾️場面切り替え
夕方ごろ、同人イベント終了
全て売り切った純たちは、片付けをして帰路につく
帰り道、駅までの道を2人で歩く


純「いやあ、完売完売!大盛況でよかった……!
やっぱり生のフォロワーさんの声はモチベになるよ〜」


ほくほくと満足そうな純


純「悠征くんもありがとね。
同人誌もいっぱいあると重いから、力仕事とか助かっちゃった」

悠征「いや……」

純「?」


ふと立ち止まる悠征
純は不思議に思って振り返る


悠征「……俺、今までファンに直接会うことってなくて。
SNSでの応援の声は届いてたし、たくさんファンがいてくれるってのもわかってたつもりだったんだけど、今日1日生のファンの声を聞いて、全然わかってなかったって思った」


地面を見たまま、悠征が続ける
純はまっすぐと悠征を見ている


悠征「ファンの熱量ってあんなすげぇんだな。
トラウマから逃げるようにして始めた活動が、誰かの救いになってる。
それって、どう言やいいのかわかんねーけど、俺が思ってたより何倍もすげぇことだ」


悠征が覚悟を決めたように顔を上げ、純と目を合わせる
その真剣な表情に、ドキンと純の胸が音を立てた


悠征「純はいつも新しい世界を見せてくれる。
俺、純のこと好きだ」