放課後、部活動の声が聞こえる中、純と悠征2人きりの教室


悠征「“推し”じゃ足りない」

純(ああ、どうして)


一つ机を挟んで、向かい合って座る2人

悠征は純の頬を両手で包み、真っ直ぐ目を見つめて切なそうに目を細めて言った
純は見開いた目を逸らせない


純(ただの二次元オタクの私が)


続けて、純のおでこに自分のおでこをくっつける悠征


悠征「もっと、俺のこと好きになって」


純(“孤高のイケメン”と呼ばれる彼と、こんな関係になったんだろう)






◾️場面転換
朝、騒がしい教室


純「あぁ〜、昨日の配信も永遠くんかっこよすぎた」


スマホを片手に机に突っ伏す純
そこにオタク友達の理沙(りさ)が純の前の席に腰掛けながら声をかける


理沙「昨日も筆が乗ってたみたいだもんね、売れっ子エバスタ二次創作絵師“隅っこ”先生」


(モノローグ)

『EVER STAR』通称エバスタ。

それは最近若者層を中心に大バズりしている、『永遠(とわ)』と『星月(ほしつき)』の2人から成る男性Vtuberコンビだ。

永遠のぶっきらぼうな口調から出るスパダリ話術のギャップに、星月の明るくてポンコツな脊髄面白トークが合わさって、軽快に進むゲーム実況に夢中になる人が続出し、チャンネル登録者は100万を突破した。

(補足)(スパダリセリフ例:永遠「(ゲームに対して)俺なら絶対笑顔にしてやるけど」「(リスナーのお悩みに対して)なんで?俺がいるじゃん。俺だけ見てればいいよ」

ポンコツ脊髄トーク例:星月「(ゲームに対して)待ってこれもしかして最初から全部間違い???俺弱くてニューゲームしてた???」「(リスナーのコメントに対して)これなんて読むんだっけ?“げんしつ”で合ってる!?!?(言質)」)

私、星野 純(ほしの すみ)は、約1年ほど前、高校2年生の頃にエバスタにどハマりしてからと言うものの、最推しの永遠くんに初恋を捧げ、永遠くんガチ恋オタクをやっている。

もともと絵を描くのが趣味だった私は、いつからか配信で実際にあったやり取りや発言を漫画に起こす“レポ漫画”、そして永遠くんと私……もとい“夢主”の妄想を漫画にする“夢漫画”をSNSにアップし始め、気付けば高校3年生にしてフォロワー23000人、エバスタ界隈ではちょっと有名な絵師として推し活を満喫していた。

(モノローグ終わり)




純「だって昨日の配信やばかったんだよ!?」


理沙に勢いよく前のめりで訴える純


純「『リスナーは何があっても俺が守るけど』とか普通サラッと出てこんて〜〜〜!永遠くんオタクを殺す気か〜〜〜!?」


机に再び突っ伏して悶える純
半分興味なさげにスマホを見ながら答える理沙


理沙「ひぇ〜、スパダリの破壊力えぐ」

純「そんなガチ恋沼まっしぐらコンテンツ、ぜひいかがですか」


純が永遠の写真をスマホに表示して見せるが、片手でそれを制する理沙


理沙「あたしはワンステ界隈で手いっぱいなんで」すまんけど
※ワンステ=女性向けソシャゲ

純「デスヨネー」


あっさり断る理沙に矢印で補足「←他界隈夢小説書き」
項垂れる純

ぽよんと純のスマホに通知

SNS、漫画へのコメント『絵とシチュ最高なのにセリフが解釈不一致すぎる』

ガガーンとなる純とあららと覗き込む理沙
純は涙ながらに落ち込む


純「夢漫画、また不評だよ〜」

理沙「レポ漫画はいっつも大好評なのにね」

純「だぁって永遠くんいつも想定外のことばっか言って、全然予想できないんだもん〜」そこが良いんだけど

理沙「推し見てればさ、推しならこういうこと言いそうだなってなるくない?」

純「私的にはなったつもりで描いてるんですが」

理沙「それでこれだもんねぇ」


永遠がグラスを持って「君の瞳に乾杯」と言っているシーンの漫画に『リアルでそれ言う奴いないよwww』『百年の恋も冷めるかも』『セリフがキザすぎる』などのコメントがついている


純「うぅ〜〜〜、周りにスパダリがいれば参考にできるのになあ」

理沙「無理でしょ。リアルにそんなのいないって」キャラ付けじゃん?

純「ちょっと!永遠くんは絶対天然スパダリだから!」

理沙「はいはい、ソウデスネ」


ガンッ!!!!!

やりとりをしていると、教室の入り口から大きな音

2人して振り返る


入り口にたむろしていた男子生徒たちに向かって、壁を思いっきり蹴って睨みつけた悠征が一言


悠征「邪魔」


教室中がシーンとなる


男子生徒「わ、悪かったよ……」


そそくさと立ち去る男子生徒たち
悠征は無言で教室に入ってきて、窓側の自分の席に座ってイヤホンをする

それを見て、教室が少しずつ活気を取り戻す


男子生徒「真中こえ〜」(ひそひそ)

男子生徒「おいやめろって聞こえるぞ」(ひそひそ)


理沙「なにあれ。態度悪」


ボソッと呟く理沙を横目に、悠征を見る純


(モノローグ)

真中 悠征(まなか ゆうせい)くん。
いつも無表情で誰も寄せ付けず、たまに喋っても今みたいな威嚇ばかりだからほとんどの人は怖がっているけど、


(補足)(小声で騒ぎ合う女子たち)
女子生徒「入り口塞いでた男子が悪くなーい?」

女子生徒「怖いけどやっぱかっこいいよね〜!」話しかける勇気は出ないけど!


これ以上ないくらいの整った顔から、影では“孤高のイケメン”と呼ばれていて、女子の中では隠れた人気があるみたい。


理沙「あれのどこがいいのかマジでわかんない」態度最悪じゃん


(補足)(しかめっ面の理沙と苦笑する純)

……理沙みたいに嫌ってる人も結構いる。
誰とも仲良くしているところを見たことがない、謎の男の子だ。

正直私は、そういう人と仲良くなったらどうなるんだろうって興味の方が勝つ。
アニメやゲームだと大体、本当はいい人って相場が決まってるもんね。


(モノローグ終了)



理沙「おーい、純さーん?」


妄想の世界に入りかけた純の目の前で手を振る、いつの間にか立ち上がった理沙


純「えっ、あ、ごめん。何?」

理沙「いやいや、1限目移動教室」

純「そうじゃん!」

理沙「置いてくよ〜」

純「やだ待って!」


言いながらパタパタと出ていく2人
全く我関せずといった様子でスマホを見ている悠征

純と悠征の生活が交わっていない対比





◾️場面転換
学校のチャイムが鳴り、放課後
学校の校門付近で帰ろうとしていた純と理沙
しかし鞄をまさぐる純


純「ない、ない!」


顔を上げて理沙に向かい


純「スマホ教室に忘れた!」

理沙「えぇ?」

純「取りに戻るわ、ごめん!」


踵を返す純に声をかける理沙


理沙「待ってようかー?」

純「いいよ、先帰ってて!また明日!」


半身だけ振り返ってそう軽く手を振る純
走る純を見送る理沙


理沙「はいほーい、また明日〜」


軽く駆け足で教室に戻ると、廊下から自分の席にスマホがあるのが見える
ホッとして教室に入ると、窓側の席に人影
机に突っ伏して、スマホを片手に持ちながら寝ている悠征


純(起こさないように……)


そっと自分の席に行き、スマホを手に取る純


ガタン!!!

瞬間、悠征の方からものが落ちる音がして、びっくりしながら振り向く純
悠征の手にあったスマホが床に落ちているのが見える
悠征は起きない


純(うーん……見て見ぬふりするのもなあ……)


仕方なく悠征の近くに寄り、スマホを拾い上げる
すると、スマホにはSNSの画面が映し出されており、そこには紛れもなく純の推し、永遠本人のアカウントがあった


純「え゛っっっっっ」


思わず目を見開き、大声を上げる純


悠征「ん……?」


その声で悠征が目を覚ます
顔を上げた悠征と、慌てて口を押さえた純の目が合う


悠征「っ!!!」


少し間があり、やっと状況を理解した悠征が無言でスマホを純から奪い取り、画面を確認


悠征「…………見た?」


その声は間違いなく、いつも配信で聞いている永遠の声だった。


純「エバスタの、永遠くん」

悠征「ぐっ……見たのかよ。
いいかお前、このことは絶対」

純「永遠く゛ん゛〜〜〜〜〜っ」

悠征「!?」


悠征の言葉の途中でドバッと泣き出す純
悠征がギョッとするのがわかったが、止まらない


悠征「なんっ……なんで泣く……!?」

純「私っ永遠くんの大ファンでっっ
生きてるうちに最推しの生声聞けるとか……っもう思い残すことないです……今召されても本望です……」

悠征「最推しマジか……」


ボロボロと泣く純と、目に手を当てて“やらかした”と言わんばかりの悠征
ずびっと手で涙を拭いながら、


純「あっ……一方的に存じ上げちゃうのって不敬ですよね、すみませんわたくしこういうものでございまして」


自分のSNSアカウントをおずおずと差し出す純

65人のフォローに比べて23000人のフォロワーがおり、『永遠くんガチ恋夢女の妄想吐き出しアカウントです。顔あり夢主が出るので、苦手な方は自衛お願いします』というプロフィールが表示されている

画面を見た悠征(夢女。しかも万フォロワー)と衝撃を受ける


悠征(まずい、こんなに界隈で発言力のある奴に中の人リークされてみろ、確実にVtuber人生終わる……!!!)


悠征の心中など知らず、オタク喋りを続ける純


純「本当全然大したもの描いてないですしというか本人様としてはあんまり気分のいいものではない可能性があるので全然見ていただかなくて結構というかむしろ見ないでくださいって感じなんですけどやっぱり私だけ隠してるのは申し訳なく」

悠征「わかった」

純「えっ」


悠征が手で喋りを制し、覚悟を決めたように純の手を握って真っ直ぐ目を見る
至近距離で見つめ合うことになって、純はドキンドキンと心臓が鳴る


悠征「なんでも言うこと聞く。
だから、俺が永遠だってことは秘密にしてほしい」


純は『なんでも』という言葉に即座に反応し、バッと手を握り返した


純「っ、じゃあ、取材させてくれませんか……!」





◾️説明する間の場面転換
(補足)(純は夢漫画のリアリティを増すため、提示したシチュエーションに永遠ならなんと言うのか教えて欲しいと頼んだ)

頬杖をつく悠征の前の席に純が座っている


悠征「……つまり、お前がシチュエーションを指定して、その時に俺がなんて言うか素直に答えればいいってことか」

純「はい!」

悠征「わかった」


頬杖をやめ、背もたれに背中を預けて目を瞑る悠征


悠征「シチュエーションは?」

純「それじゃあ……」


一話冒頭で批判コメントがたくさん付いていた「君の瞳に乾杯」の漫画を思い出し


純「好きな人とのディナーデートで乾杯をする時、なんて言いますか?」

悠征「……」


目を閉じたまま考える悠征
そして想像ができると目を開け


悠征「いつもお疲れ様。頑張ってる姿は好きだけど、頑張りすぎるなよ」


初めて見る柔らかい笑み
純の頭に自然に添えた手で純を軽く引き寄せ、少し頭を傾げながら顔を覗き込む悠征
突然の出来事に悠征の目を見たまま固まる純

しばらくして、悠征がハッとして手を引っ込める


悠征「悪っ……!体が勝手に……!」


慌てる悠征だが、純は


純「やっぱりスパダリは天然、解釈一致……」


またもやドバッと涙を流す


純「めちゃくちゃに尊いです……ありがとうございます……」

悠征「……っ」


予想外の反応に狼狽える悠征
少し言いにくそうにしてから、口を開く


悠征「……気持ち悪くねぇの」

純「へ?」


涙を拭きながらきょとんとする純
昔言われたことを回想する悠征


(回想)
元カノ「誰彼構わずすぐそうやって。誰でもいいんでしょ?」
男友達「男相手にそういうの、気持ちわりーよ」
(回想終了)


苦い顔で口を開く


悠征「昔よく、ベタベタ触って気持ち悪いって」


少し間があり、


純「もしかして、それが人を遠ざけてる理由ですか?」

悠征「…………」


図星をつかれ、黙り込む悠征
その様子に純はいてもたってもいられず、考える前に口が動く


純「…………っ、よければ!私で練習しませんか!」


勢いよく立ち上がる純に、目を丸くする悠征


悠征「は?」

純「今の距離感、気持ち悪いなんてとんでもない!
私にとっては推しのファンサが神すぎて尊いまであるので!
丁度いい距離感、一緒に探すお手伝いができればと!」


眉を顰める悠征


悠征「そんなことして、お前に何の得があんだよ」

純「逆に推しの力になれるのに得じゃないことあります?????」


間髪入れずに当然と言わんばかりの顔でそう言う純
悠征は少し目を逸らして考えた後、


悠征「……わかった」


再び目を合わせる


悠征「代わりに、さっきの“取材”にいつでも答える。
だから俺のこれを治してくれ」

純「はい、よろしくお願いします!」



こうして、推しと秘密の特訓会が始まった



(補足)(この時悠征には永遠、星月でのエバスタオフコラボの話(十二話参照)が既にあり、対人への自信のなさからリアルで会うのは何度も断ってはいたが、今後のことを考えると確実にリアルでも人に普通に会えるようになった方が良いと考えて焦っていた。
しかし1人ではどう治していいものか思い付かず困っていたため、純の提案は何か解決策になるかもしれない、と藁にもすがる思いで話に乗った)