「はあ……」

 馬車の中で、対面のエルメラはゆっくりとため息をついていた。
 その表情からはなんというか、億劫であるということが読み取れる。ただ不機嫌な顔はしていないので、これから向かう先へ複雑な思いがあるということだろう。

「イルティナ嬢、目的地までは後どれくらいかかるのですか?」
「まあ、後十分くらいでしょうか?」
「なるほど、そろそろ心構えを作っておかなければなりませんね」
「ええ、そうですね」

 私は隣に座るドルギア殿下の言葉に、ゆっくりと頷いた。
 彼は暗に、エルメラのことを言っているのだろう。確かにこの状態のままで放置しているのは良くない。少しエルメラを奮い立たせておいた方が良いだろう。

「エルメラ、そろそろ着くから、少し気持ちを切り替えてもらえないかしら?」
「気持ちの切り替え、ですか? 難しいですね。これから向かう場所を考えると……」
「そんなに嫌なの? 孤児院の子達は、皆いい子よ?」
「私、子供は苦手なんです」

 エルメラは心底嫌そうという顔はせず、どちらかというと残念そうな顔をしていた。
 それは恐らく、別に子供が嫌いであるという訳ではないからだろう。どう相手したらいいのかわからないとか、そういう話である気がする。

「子供は何をするかわかりませんし、何を考えているかもわかりません。私にとっては、ひどく不条理な存在です」
「そんなに難しいことではないと思うわよ? 好意を持って接すれば、好意を持って返してくれるし……」
「それはお姉様が、子供の相手に慣れているからそう思うだけですよ」
「自分の子供時代とかを、思い出して考えてみたら……」
「私は捻くれた一般的ではない子供でしたので」

 エルメラは、とても萎縮していた。
 優れた魔法使いである彼女は、不条理には力で対抗する。しかし、この不条理には流石に力では対抗できないと、理解しているのだろう。その表情は、とても暗い。

「……エルメラ嬢の気持ちはわかりますよ。僕も末の子ですからね。兄上や姉上に比べると、子供に対する対応が上手くないと思っています」
「いえ、一緒にしないでください」

 ドルギア殿下からのせっかくのフォローも、エルメラはすぐに切り捨てた。
 それは流石に、辛辣過ぎるのではないだろうか。ドルギア殿下の優しさを無下にするなんて。

「ドルギア殿下は、そう言いながら子供の相手をそつなくこなす人です。私達は違います」
「いえ、そんなことは……」
「いいえ、絶対にそうです。だから下手に共感したりしないでください」

 理由を聞いたことによって、私は自分が勘違いしていたことを悟った。
 ドルギア殿下には悪いが、エルメラの言っていることはもっともだ。思い返してみると、彼は今まで子供の相手もそつなくこなしていたような気がする。
 私はエルメラのことも知っているため、ドルギア殿下の言葉があまり寄り添えていないと、気付くべきだっただろう。エルメラに対して申し訳ないことを思ってしまった。少し反省するべきだろう。