「ティルリア様、あなたは悲しかったりしないのですか? ドルギア殿下は、お姉様と婚約した訳ですからね。あなたから、離れていっているのではありませんか?」
「まあ、多少なりとも悲しさはありますね。ただ、ドルギアの心が私から離れたのはもう随分と前の話です。思春期を迎えたくらいから、あまりべたべたしなくなりましたから」

 エルメラ嬢からの質問に、ティルリアは冷静に答えていた。
 ちなみに心が離れたなんて言っているが、この妹とドルギアの仲は非常に良好である。
 思春期を迎えるまでは、ドルギアも子供としての甘え方をしていたというだけだ。今でも姉弟としては、かなり仲が良い方だといえる。

「それに、イルティナ嬢は素敵な方ですからね。今回の婚約は、非常に嬉しく思っています」
「ええ、お姉様が素敵な人であるということは紛れもない事実ですね」
「ドルギアが幸せになることが、私にとっては何よりの幸せです。だから辛いとか寂しいとかよりも、そちらの感情が勝っているということでしょうが……」
「それはまあ、私だって、お姉様には幸せになってもらいたいと思っていますけれど」

 ティルリアの言葉に、エルメラ嬢はゆっくりと目をそらしていた。
 ドルギアと結ばれることで、イルティナ嬢は幸せになれる。彼女は、そう思ってくれているようだ。
 考えてみれば、それは当然といえるのかもしれない。そもそもこの婚約の話は、エルメラ嬢がもたらしたものなのだから。

「ドルギアは、イルティナ嬢のことを語る時には幸せそうな顔をするんです。ああ、この子は婚約に恵まれたのだなぁと、日々実感していて」
「ぐっ……」
「イルティナ嬢と話している時も、楽しそうな笑顔を浮かべていて、そういう顔を見られるのがなんだか幸せなのです」

 そこで俺は、少しだけ違和感を覚えることになった。ティルリアの言葉が、おかしいように思えたのだ。
 ドルギアからイルティナ嬢の話を聞いたというのは、理解することができる。ただ、イルティナ嬢と話している所をどうして見たことがあるのだろうか。
 その三人で対面したのは、今日が初めてであるはずだ。今日の会話の中で、二人が楽しそうに話して記憶はないような気がするのだが。

「悲しい顔は見たくありません。でも、幸せな顔ならいくらでも見たいです。だから、婚約者にしか見せないドルギアの表情というものが見られる喜びを今は矜持しているという訳です」
「そ、それは……」
「それは私と接していては、決して見せることがない表情です。そういう表情を見られることに、エルメラ嬢は幸せを感じられないのでしょうか?」
「うぐっ……」

 俺が違和感について考えていると、エルメラ嬢が苦悶の表情を浮かべていた。
 ティルリアの言葉が余程刺さっているのだろうか。彼女は項垂れていた。