エルメラの策略によって、ヘレーナ嬢は赤子同然になったらしい。
 それは妹にとっても、予想外の結末だったようだ。彼女を絶望される所までは想定していたが、そんな手段を取るなんて思っていなかったらしい。

「ドルギア殿下は、その辺りのことを覚えていらっしゃるんですか?」
「正直な所、あまり正確には覚えられていませんね。ぼんやりと記憶に残ってはいますが……その辺りについて、なんというか整理ができていません。夢の中の出来事、みたいな感じで」
「やはり魔法の後遺症が……」
「その辺りは、エルメラ嬢から問題はないとお墨付きをいただいていますから大丈夫です」

 ドルギア殿下は、現在もアーガント伯爵家に滞在している。
 それは、エルメラが彼に魔法をかけたからだ。その経過を念のために、エルメラが診ているのである。
 正直な所、色々と心配だ。いくらエルメラが天才だからといって、記憶に関する魔法をかけて、本当に良かったのだろうか。今でも私は、気になっている。

「そもそもエルメラ嬢の魔法は、あくまでも記憶を隠す魔法ですからね。ある一定の記憶にアクセスできなくなる魔法です。ヘレーナ嬢が自らにかけた記憶を消去する魔法とは違います。あれは、記憶を焼き尽くす魔法だから、危険なのです」
「そういうものなのでしょうか?」
「ええ、エルメラ嬢の魔法はとても人道的ともいえます」

 当の本人であるドルギア殿下は、涼しい顔をして紅茶を飲んでいた。
 王子として様々な教育を受けた彼は、魔法に関しても学んでいたらしい。そんな彼は、エルメラの魔法が問題と判断できる程の知識があるということなのだろう。
 私も魔法は学んでいたはずなのだが、正直その辺りのことはよくわからない。こんなことなら、エルメラに敵わないからと卑屈にならず、もっときちんと学んでおけばよかったと思ってしまう。

「そもそも、多少の後遺症くらいは覚悟の上でしたからね。ヘレーナ嬢に関しては、僕もなんとかしなければならないと思っていましたから」
「それは……」
「イルティナ嬢の安全だとか、僕自身の今後のためにも、ヘレーナ嬢は排除しておかなければならない存在でした。あまり言いたくはありませんが、今回のような結果になって、正直安心しているくらいです」
「……そう、ですよね」

 ヘレーナ嬢の末路に関して、私は少し悲惨なものだと思ってしまっている。
 こうならなければ、彼女に永遠に付け回されたかもしれない。それはわかっているのだが、だからといって手放しに喜ぶことなどは、できないのだ。
 といっても、エルメラに怒ったりしたい訳でもない。なんというか単純に後味が悪いため、なんとも言えない気持ちになってしまうのだ。