「ドルギア殿下、どうしてこちらに……」
「……エルメラ嬢」

 現れたドルギア殿下は、ヘレーナ嬢の言葉に答えずにこちらを向いた。
 その表情からは、困惑が読み取れる。彼はこの状況をよく理解できていないらしい。

「取り込み中であるようですが、本当に僕が出てきても良かったのですか?」
「ええ、構いませんよ。ほら、彼女も驚きながらも落ち着いてくれているではありませんか」
「それは……そうなのでしょうか?」

 ドルギア殿下は、ヘレーナ嬢の顔を見た。
 彼にはわからないかもしれないが、彼女の表情は確実に和らいでいる。
 想い人が現れたのだから、それも当然であるだろう。ドルギア殿下に危害を加えようとする意志も読み取れないし、私の作戦はきちんと機能しているようだ。

「ドルギア殿下……あなたは、あのイルティナとかいう令嬢に騙されているのです」
「……イルティナ嬢が、僕を騙している? 何を言っているんですか?」
「あの女狐は、ドルギア殿下の地位にしか興味がありません。あなたのことを見ていないのです。でも、私はあれとは違います。あなたの人柄、全てを愛しているのです」
「イルティナ嬢のことを、悪く言わないでいただきたい」

 ヘレーナ嬢は、お姉様のことを批判しながら愛の告白をした。
 それに対して、ドルギア殿下は不快そうな顔をする。当然、私も不快感を覚えている。彼女は、何様のつもりでお姉様を批判しているのだろうか。
 とはいえ、ここで怒って彼女に何かしようとは思わない。そんなことをする必要は、最早ないからだ。

「ドルギア殿下、私はあなたのことを本当に愛しています。だからこそ、邪魔者であるイルティナ嬢を消して、あなたと一緒に……」
「先程から何を言っているのか、理解することができません。大体、あなたは一体誰なのですか?」
「……は?」

 ドルギア殿下の口から零れた言葉に、ヘレーナ嬢は固まった。
 呆気に取られている彼女に対して、ドルギア殿下は目を細めている。恐らく、ヘレーナ嬢のことを観察しているのだろう。彼にとって彼女は、既にそういう存在だ。

「ドルギア殿下……私は、ヘレーナです」
「……なんですって?」
「バラート侯爵家のヘレーナです。どうされたのですか、ドルギア殿下」
「すみません。僕にはなんのことだか……」

 ヘレーナ嬢の言葉に、ドルギア殿下は頭を抱えていた。
 彼の方も、名乗られていることは理解しているのだろう。だが、その名前が定着しないことに違和感を覚えているのだ。
 しかし、いくら考えた所で意味はない。ドルギア殿下は、ヘレーナ嬢の顔も名前も覚えられない。私の魔法が、それを阻害しているのだ。