アーガント伯爵家の当主であるアルファンは、娘であるエルメラの元を訪ねて来ていた。
 部屋の主であるエルメラは、ひどく不愉快そうにアルファンを見つめている。それはこれからする話が、明るいものではないとわかっているからだろう。

「エルメラ、今回の件だが――」
「お父様、私は自分の決定を覆そうとは思っていませんよ。例え何を言われても、私はブラッガ様と婚約します」
「わかっている。お前を止められるとは思っていない」

 当主でありながらも、アルファンの立場は強いものではなかった。
 それはエルメラという存在が、既にアーガント伯爵家にとって欠かすことができないものになっているからだ。
 彼女のもたらす利益を失う。それがどれだけの痛手であるか、それを考えてアルファンは、エルメラのわがままを聞くしかないのである。

「しかし、本当に大丈夫なのか?」
「上手くやりますよ。そうすることができることは、お父様だってわかっているでしょう?」
「お前は優秀だ。しかし、まだまだこういったことに関する経験が浅い。失敗をして、しっぺ返しを食らうかもしれない。それが私は、心配なのだ」
「……そうだとしても、私は引き下がるつもりはありません」

 エルメラは、アルファンに対して鋭い視線を向けてきた。
 その視線には、確かな怒りが籠っている。それが自分に向けられたものではないと、アルファンは理解していた。

「……そんなにパルキスト伯爵家が憎いのか?」
「ええ」

 アルファンの質問に対して、エルメラは少し食い気味に返答をした。
 それを聞いて、アルファンは頭を抱える。

「だからといって、一つの家を没落させていい訳はないが……」
「私にはそれが許されるんです。あの家一つの価値よりも、私の価値の方が大きいのですから」
「呆れる程に傲慢だな……」
「そう育てたのは、お父様とお母様ではありませんか」
「……まあ、否定はできないが」

 アルファンとその妻であるエムティナは、娘であるエルメラのことをよく知っていた。
 家族、特に姉のことを侮辱されたりすると、エルメラは必要以上の報復をする。彼女はその稀有な才能を全力で活かして、その相手を追い詰めるのだ。

 その過剰な報復に、アルファンもエムティナも困っていた。アーガント伯爵家のために見逃さざるを得ない訳ではあるが、それでも止められるなら止めたいと思っているのだ。
 もっとも、エルメラの両親である自分達の中にも、そういった一面があることは二人も理解していた。
 今回のような件に関しては、エルメラによってパルキスト伯爵家を完膚なきまでに叩きのめしてもらいたいという気持ちも、ない訳ではないのだ。

「……お茶会をやめるっていうんです」
「……何?」
「結婚するなら仕方ないって思っていたんですけど、それでもやっぱり嫌だったんです。遠慮がいらない状況になって、むしろ嬉しいと思っていたりして……」
「お前という奴は……」