「まさか、僕がアーガント伯爵家のお世話になるなんて思っていませんでしたが……」
「あはは、私もです。未だにこの状況が少し信じられません」

 アーガント伯爵家の庭にて、私はドルギア殿下とお茶していた。
 ヘレーナ嬢の件で、彼はこちらで暮らすことになった。エルメラの傍の方が安全、それは王族であっても、納得できる理論だったようだ。

「しかし、守られる身であるというのに、こんな風に呑気にお茶なんてしていてもいいものなのでしょうか?」
「その辺りは、エルメラからお墨付きをもらっていますから、大丈夫です。少なくとも屋敷の周りなら、余裕で守れるみたいですから」
「なるほど、エルメラ嬢の力にはいつも驚かされますね」

 ヘレーナ嬢に狙われている。その事実を私は、それ程重く受け止めてはいなかった。
 それは、エルメラのおかげだ。彼女が守ってくれている。その事実だけで、心が落ち着く。
 相手がいくら優れた魔法使いであっても、エルメラの足元にも及ばない。私はそれをよくわかっている。だから、微塵も慌てていないのだ。

「まあもちろん、ヘレーナ嬢には早く捕まってもらいたいものですけれど……」
「兄上も動いているようですが、中々見つからないようですね。まったく、騎士団は何をやっているのだか……」
「今回の件を迅速に解決するこは、不評を覆せることですから、騎士団も躍起になっているとは思うんですがね……」

 私への扱いなどが明かされたことによって、騎士団は現在かなり評判が悪い。
 その悪評を少しでも覆せるのは、事件を解決することにあるだろう。
 そのため、騎士団も全力でヘレーナ嬢を探しているはずだ。それでも見つからないのは、ヘレーナ嬢の方がすごいということだろう。

「といっても、こうしてドルギア殿下と一緒に暮らせる期間が終わるというのは、悲しいものではあるのですけれど……」
「イルティナ嬢……それは、僕も同じですよ。でも、そんなに悲観することでもありません。何れはずっとこちらで暮らすことになりますから」
「そうですね。なんと言ったって、私達は婚約しているのですから」

 ドルギア殿下の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
 アーガント伯爵家に、ドルギア殿下は婿入りする。そうすれば、こういった生活がずっと続いていくことになるのだ。その日々はきっと、楽しいものになるだろう。
 そんなことを思いながら、笑顔を浮かべていた私はそこであることに気付いた。エルメラがこちらに向かって来ているのだ。いつにも増して、不機嫌そうな顔をしながら。