「ヘレーナ嬢が逃げ出した?」
「そんな馬鹿な……」

 私とドルギア殿下は、エルメラとチャルア殿下から話を聞いて驚くことになった。 
 治療を終えて騎士団で事情聴取を受けていたヘレーナ嬢は、騎士を襲ってこの騎士団の拠点から逃げ出したらしい。
 彼女自身は、自分の狂言が成立するとは思っていなかったということだろうか。何にせよ、彼女の行動は早かったといえる。

「兄上、騎士団は一体何をやっていたんですか?」
「それについては、返す言葉もない。騎士団の面目も丸つぶれだ」

 ドルギア殿下の少し厳しい指摘に、チャルア殿下は項垂れている。
 彼としては、本当に悔しい限りだろう。騎士団は今回、ヘレーナ嬢にとことん踊らされているといえる。

「もちろん、ヘレーナ嬢のことは指名手配する。侯爵令嬢であろうが、流石にこれだけのことをしたら揉み消すことなんてできない。バラート侯爵家にも覚悟してもらわないとな……さてと、ドルギア、所でお前に聞いておきたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「イルティナ嬢の話からすると、ヘレーナ嬢はお前に対してかなり執着しているらしいじゃないか。その辺りについて、覚えはないのか?」

 チャルア殿下は、私も気になっていたことをドルギア殿下に聞いた。
 ヘレーナ嬢と彼との間には、何があったのだろうか。婚約者として、私もそれは知っておいた方がいいような気がする。

「そのことですか……正直、僕もわからないんです。ヘレーナ嬢とは、今までほとんど関わりがなかった。慈善活動の場で、顔を合わせて、挨拶をするくらいでしょうか?」
「ああ、そうですね。彼女は確かに見かけることがありました……よく考えてみれば、ドルギア殿下がいる時に」
「そうだったのですか?」
「ええ、今まで気付いてはいませんでしたが、そうだったような気がします。もしかしたら彼女は、ドルギア殿下を追いかけていたのかもしれませんね」

 ドルギア殿下の言葉に、私はヘレーナ嬢を見かけた時のことを思い出していた。
 そういった時には、ドルギア殿下が必ずといっていい程訪れていたような気がする。今までまったく意識していなかったが、あれは意図的なものだったのだろう。
 それ程までに、ヘレーナ嬢はドルギア殿下に執着していた。それは一目惚れとか、そういったことなのだろうか。

「権力と魔法の実力を兼ね備えたストーカーって、訳か……厄介極まりないな」
「そうですね。彼女は厄介です。その彼女は、お姉様のことを狙っている……」

 そこでエルメラの視線が、私の方に向いた。
 その言葉に、私はゆっくりと頷く。それは私にとって、とても大きな問題だったからだ。