「……エルメラ、お前は何を言っているのかわかっているのか? パルキスト伯爵家は、我らを侮辱しているのだぞ?」

 ブラッガ様と婚約してもいいなどという世迷い事を口にしたエルメラに対して、お父様は怒っていた。
 それは当然といえば当然だ。いくらなんでも、エルメラの言っていることは滅茶苦茶過ぎる。

「……お父様の方こそ、何を言っているのですか? いえそもそも、お父様が私に逆らえると思っているのですか?」
「それは……」

 エルメラは少し表情を強張らせて、強気な言葉を口にした。
 憤っていたお父様も、それで少し勢いを失う。エルメラという存在が、どれだけアーガント伯爵家に利益をもたらしているか、それが頭を過ったのだろう。
 実際の所、この家で誰が一番強いかは明らかだ。エルメラという才能の塊には、両親でさえ逆らうことができないのである。

「エルメラ、馬鹿なことはやめなさい。あなたは冷静ではないのよ。冷静であるならば、そんなことは絶対に……」
「お母様、私は冷静ですよ。とても冷静なんです。こんなに冷めた気持ちになるのは、随分と久し振りです」

 お母様の言葉に対しても、エルメラはゆっくりと返答した。
 ただその言葉とは裏腹に、彼女は明らかに不愉快そうに表情を歪めている。少なくとも冷静なんてことはないだろう。

「エルメラ、あなたは一体何を考えているの? あなたは、アーガント伯爵家を背負うことに興味なんてないと言っていたじゃない」
「……ブラッガ様と言いましたかね? その方が面白そうだから、アーガント伯爵家を背負ってもいいと思っただけのことです」
「そんな興味本位で決めることではないでしょう?」
「安心してください。悪いようにはしませんよ。これでもアーガント伯爵家のことを守ろうとは思っているのですよ?」

 私も声をかけてみたが、エルメラの心は既に決まっているようだった。
 あのブラッガ様に惹かれているなんて、驚きだ。浮いた話は今までなかったのだが、どうやら男の趣味は悪かったらしい。

「とにかく、これは決定事項です。お父様、そのように話を進めてください」
「エルメラ、お前は――」
「はあ、興が削がれました。今日はせっかく、久し振りにのんびりできると思っていたのに……」

 エルメラは、心底つまらなそうにしながら部屋から出て行った。
 それを見ながら、私は困惑していた。エルメラは一体何を考えているのだろうか。私にはそれが、まったくわからなかった。
 あの妹は、アーガント伯爵家を破滅させようとでも思っているのだろうか。それくらい、今回の彼女の振る舞いは理解できないものだった。