「……返答がないわね。もしかして、この私に逆らえると思っているの?」

 私が色々な感情から声が出せないでいると、ヘレーナ嬢が不機嫌そうに口を開いた。
 彼女の目は、座っている。脅しで言葉を発している訳ではなさそうだ。やると決めたら、ヘレーナ嬢は躊躇わないだろう。
 とにかく私は、落ち着かなければならない。まずは対話に応じなければ、このままヘレーナ嬢に傷つけられかねない。

「ヘレーナ嬢、私は……」
「あなたに認められているのは、ドルギア殿下との婚約を破棄するということだけよ? そうしなければ、私はどこまでもあなたを追い詰める」
「それは……」
「ドルギア殿下はね、あなたみたいな矮小な存在には相応しくないの。彼の私のものよ」

 ヘレーナ嬢は、私の言葉をほとんど聞いてはいなかった。
 対話なども意味はないのかもしれない。今の彼女は、興奮している。私への憎しみが、溢れ出してきている。
 そう思った瞬間、私の目の前で光が瞬いた。それが魔法の煌めきであることは、私でも理解できた。

「見るも絶えない姿にしてあげるわ」
「きゃあ――え?」

 ヘレーナ嬢の手から魔法が放たれて、私はひどいことになる。そう思った瞬間、口からは悲鳴が溢れ出そうとしていた。
 しかし私は、それを途中で中断することになった。なぜならその魔法を放とうとしていたヘレーナ嬢が、宙に浮いていたからだ。

「な、何をっ……あがっ!」

 私の方に恨めしそうに視線を向けたヘレーナ嬢は、急に浮力を失い、地面に叩きつけられた。
 鈍い音が辺りに響く。直後に聞こえてきたのは、ヘレーナ嬢の苦しむ声だ。

「こ、これは一体……」
「うぐぅ……どうして、私の方がっ!」

 ヘレーナ嬢はもちろん、私もこの状況には混乱していた。
 私は特に何かした訳ではない。魔法の心得は多少あるが、少なくとも今は何の魔法も使っていない。指一本すら、動かしていないくらいだ。

「何かありましたか? これは……」
「ドルギア殿下……」
「イルティナ嬢、無事ですか? ヘレーナ嬢は、一体何を」

 騒ぎを聞きつけたのか、ドルギア殿下がやって来た。
 彼はヘレーナ嬢のことを一瞥した後、私の方に駆け寄ってきてくれた。どうやら、彼女が私に何かしようとしてこうなったことは、理解してくれているらしい。

「ドルギア殿下、私は大丈夫です。とりあえず人を呼んでください。ヘレーナ嬢は、怪我をしているかもしれませんから」
「わ、わかりました」

 とりあえず私は、人を呼んでもらうことにした。
 ひどいことはされそうになったが、それでもヘレーナ嬢のことが心配だ。まずは彼女の安全を確保しなければならないだろう。