炭鉱の一件があってから、僕はイルティナ嬢と少しだけ親しくなった。
 慈善活動だとか、舞踏会だとか、そういった場で僕は彼女に必ずと言っていい程に話しかけるようになっていた。それは僕にしては、珍しいことだといえるだろう。

「イルティナ・アーガントだったか? お前が親しくしているという令嬢は……」
「え、ええ、そうですけれど……」

 ある日、僕はチャルア兄上に剣の稽古をつけてもらっていた。
 王族の男子たるもの、多少の剣の腕は必要である。そういった考えから、いつも兄上に指導してもらっているのだが、今回は珍しく休憩中に世間話を振られた。

「それが何か?」
「いや、アーガント伯爵家といえば、エルメラ嬢が有名であるだろう?」
「ああ、彼女ですか。確かに、そうですね。なんでも新しい魔法を開発したとか」
「騎士団の方でも、エルメラ嬢に注目している。彼女の技術は、我々にも利益を与えてくれるかもしれないからな」

 チャルア兄上は、イルティナ嬢ではなく妹のエルメラ嬢のことを話し始めた。
 しかし正直な所、僕はエルメラ嬢についてそこまで知っている訳ではない。イルティナ嬢と一緒に慈善活動に参加していることはあるのだが、あまり話したことはないのである。
 優れた魔法使いであるそうなのだが、僕はそちらの方面についても詳しくはない。故に普通の少女という認識くらいしかなかった。

「そのエルメラ嬢の姉か……どんな人なんだ?」
「とても優しく穏やかな方ですね」
「ほう……」

 イルティナ嬢の印象を述べた僕に、チャルア兄上はなんだか温かい目を向けてきた。
 その視線には、含みを感じる。何を言いたいのかは、理解できない訳ではない。

「兄上、なんですか、その目は……」
「いや、よく知っているんだなと思っただけだ」
「そんなに知っている訳ではありませんよ。今のは僕の印象というだけで……」
「印象か。まあ、そんなものか」

 チャルア兄上は、笑みを浮かべていた。
 その笑みは、少し嫌らしい。僕は自分が失言をしてしまったことを、そこで察することになった。
 チャルア兄上は、兄弟の中でもお喋りだ。このままでは僕のあることないことが、兄弟全員に知れ渡ってしまう。

「しかし、悪くない話ではあるかもしれないな」
「……何がですか?」
「お前とイルティナ嬢のことさ。エルメラ嬢との繋がりは、王家にとっても利益になるだろう」
「……そういう考え方は、あまり好きではありませんね」
「おっと、これは俺の失言だったか」

 チャルア兄上の言葉に、僕は少しだけ反発した。
 今思えば、それは子供の考えだった。それを笑顔で受け流してくれたチャルア兄上は、大人だったといえる。