「ドルギア殿下、わざわざ挨拶に来て下さってありがとうございます」
「いえ……」

 妹のエルメラは、いつもの三割り増しくらい不機嫌な顔で、ドルギア殿下に話しかけていた。
 何故そんなにも不機嫌そうなのか、その理由はわかっていない。ブラッガ様との一件によって、婚約そのものに不信感などを抱いているのだろうか。
 しかしこれでは、エルメラもパルキスト伯爵家の人々と変わらない。私としては、妹にあんな人達のようになってもらいたくはないのだが。

「しかしながら、ドルギア殿下がわざわざこちらに来ていただかなくても、お姉様がそちらを訪問する予定だったのですがね……どうしてこちらに?」
「……いえ、僕は婿入りする訳ですから、まずはこちらから赴くのが礼儀であるかと思いまして」
「……戦線布告とかでは、ないのですか?」
「そんなことはありませんが……」

 エルメラの言葉に、私は首を傾げることになった。
 宣戦布告とは、一体どういう意図の発言なのだろうか。それがまったくわからない。
 婚約というものは、争いという訳ではないはずだ。ドルギア殿下が、一体誰に何に対して宣戦布告をするというのだろうか。

「僕はエルメラ嬢と、良好な関係を築きたいと思っていますから」
「良好な関係、ですか?」
「ええ、これでもエルメラ嬢が何を望んでいるかはわかっているつもりです」
「ほう?」

 ドルギア殿下は、何故かエルメラの言葉の意味を理解しているようだった。
 この場において、置いてけぼりになっているのは私だけということだろうか。

「僕は、エルメラ嬢のことを害する意思などはありません。その辺りのことは、アーガント伯爵家の意向に従います」
「なるほど、意外と話がわかるようですね」
「そもそも、僕にそのようなことができる権限なんてありませんからね」
「よく考えてみればそうですね。話がわかるという言葉は取り消します」

 二人の会話に、私は少しだけ何を話しているか理解できてきた。
 これは恐らく、エルメラの婚約関係について話しているのだ。

 現状、アーガント伯爵家ではエルメラの婚約なんてしたくないという意思を、尊重することになっている。彼女には、その才覚を振るうことで、アーガント伯爵家に貢献してもらう予定なのだ。
 それをドルギア殿下に覆されることを、エルメラは恐れていたようである。そうではないとわかって、態度は少し和らいだだろうか。

「しかし、エルメラ嬢は何も話していないのですか? てっきり、既に話を終えているものなのかと思いましたが……」
「……余計なことを言わないでください」
「……すみません」

 しかし次の言葉の時には、エルメラの表情はまた不機嫌そうになっていた。
 先程のは、一時の喜びだったということなのだろうか。
 それにしても、この会話も私にはよくわからない。一体二人は、何について話しているのだろうか。