「……すみませんね、こんな時間に」
「いえ、お気になさらないでください。私も暇を持て余していた所がありましたから」

 夕食が終わってから、ドルギア殿下が私の元を訪ねて来た。
 紳士的な彼が、何の理由もなくこんな時間に女性の元を訪ねて来るとは思えない。恐らく、何かがあったということなのだろう。
 事実として、ドルギア殿下の顔は明るくない。私に関する何か良くないことが、起こっているということだろうか。

「これをあなたに話すべきかどうかは迷いましたが、念のために伝えておくべきだと思いました。実は、王都の周辺以外でも、魔物の大量発生が報告されています」
「それは……」
「パルキスト伯爵家の周辺です。確か、エルメア嬢が訪ねているとか」
「ええ、そうですね。確かにエルメアは、パルキスト伯爵家の屋敷にいるはずです」

 ドルギア殿下の言葉に、私は驚いた。
 まさかよりによって、パルキスト伯爵家の周辺で同じことが起こっているなんて、奇妙な偶然である。
 ただ、エルメアのことは別に心配ではない。彼女は魔物が例え一万体いたとしても負けないだろうし、私なんかが心配するのは失礼である。

「わざわざそれを伝えに来てくださったのですね。ありがとうございます」
「いいえ、まあ、アーガント伯爵家の方から連絡はあると思ったのですが、もしも知らないなら早めに知らせておいた方がいいと思って」
「……そういえば、お父様やお母様からの連絡はありませんね」

 ドルギア殿下の言葉に、私は少し首を傾げることになった。
 エルメアに関することを、両親が把握していないということもないだろう。然るべき連絡がないのは、おかしなことであるような気がする。
 とはいえ、今回の件はあのエルメアのことだ。心配する必要がないことなので連絡を入れていないということも、あり得ない訳ではない。

「まあでも、エルメアは多分大丈夫だと思います。彼女は才能溢れる魔法使いでもありますから、魔物なんかには負けません」
「妹さんのことを信頼されているのですね」
「信頼……」

 ドルギア殿下は、私に対してとても真っ直ぐな言葉を返してきた。
 しかし私は、その言葉を素直に受け止めることができない。私がエルメアに抱いている感情は、信頼などという言葉で言い表せる程、明るいものではない気がしたからだ。

「……少しお話を聞きましょうか?」
「……え?」
「なんというか、思い悩んでいるような気がしますから。僕で良かったら力になりますよ?」

 私の心中を察してくれたのか、ドルギア殿下はそのような提案をしてくれた。
 その言葉に、私は昼間のことを思い出す。彼に婚約のことを話したら随分と心が楽になった。もしかしたら今回も、そういった効果が期待できるかもしれない。
 それなら迷う必要はないだろう。そう思って、私はドルギア殿下にお願いするのだった。