先輩は予定がある日も、なんだかんだ毎日、一、二時間は私に会いに来てくれた。
 それが、受験中もどうにか私との時間を作ろうとしてくれていた先輩の姿と重なって、少しだけ安心した。

 そうして、先輩がいる10日間はあっという間に過ぎていった。



(今日が、最後の日)



 明日また、先輩は地元を発つ。
 次会えるのがいつになるのか、まだわからない。



(髪も、メイクも、浴衣も……大丈夫)



 今日のために、この10日間は脂っこいもの食べてないし、メイクもヘアセットも研究したし、お小遣いはたいて新しい浴衣も買った。
 最後の最後に少しでも、自信をもって先輩に並びたかった。



「花!」



 低くて静かな声が、後ろから私を呼び止めた。

 振り返ると、待ち合わせの時計台の下に、先輩が立っていた。



「ごめんなさい、めっちゃ渋滞してて……待ちましたか?」

「全然。俺も今来たとこ」



 先輩は言葉を止め、じっと私を見つめる。
 今日のために買った、花火モチーフの浴衣。

 微動だにせず数秒見つめたままでいたかと思うと、軽く頬を赤らめた。



「……めっちゃ、かわいい……です」



 照れ隠しなのか突然敬語口調になった先輩に、思わず笑みがこぼれた。


 でもそんなことを言う先輩も、今日は一段と洒落た格好をしていた。
 黒のセットアップに、シルバーのアクセサリーがよく映えた。



(……去年来たときはTシャツにジーンズだったよね、確か……)




 さらっとこういうのを着こなすなんて、たぶん去年の先輩はできなかった。



「……先輩も。大人っぽくて、かっこいいです」

「……ん、ありがとう」



 先輩は私に褒められて、平静を保とうとしながらも笑みを隠しきれていない。
 これ以上ないほど嬉しそう。

 私が先輩とのデートに向けていろいろ試行錯誤したように、先輩も私のために気合を入れて準備してきてくれたのかもしれない。


 あか抜けた先輩を素直にかっこいいとだけ思えない自分に、嫌気がさす。



(彼氏がかっこよくなったんだから……普通うれしいでしょ……、早く冷静になってよ私)



 見た目がかっこよくなっただけ。

 中身は全部、私が大好きだった先輩のままなんだから。



「人多いから……手つなごう」



 先輩が手を差し伸べてくる。

 あたたかくて大きなその手に、私は自分の手を重ねた。
 去年と、何一つ変わらないその感触。



「花火まで時間あるけど、どこまわる?」

「去年行ったとこ……ぜんぶ」

「いいな、それ。何食べたっけ……たこ焼きとポテトと……花はわたがし、だろ?」

「先輩はかき氷。あと、ヨーヨーすくい」



 先輩が嬉しそうに笑いながら私の頭をなでかけて、ふとヘアセットに気が付いて手を下ろす。



(……編み込みにしなかったらよかったな……)



 ちょっと後悔しかけたけど、先輩は頭をなでる代わりに、一瞬私の手をぎゅっと強く握った。



「行こう、花火までにぜんぶ回らないと」



 そう言って私の手を引く先輩のことが、涙が出るほど愛おしかった。