「あそこ行きたい……あの、帰る途中よく寄った……」

「クレープ屋さん?」

「そう」



 部活終わり、先輩と何度も通ったあのお店。

 お店の人に顔を覚えられるくらい何度も通ったのに……先輩が卒業してからぱたりと行かなくなった。

 なんだか……1人で行くと寂しさに耐えられない気がしたから。


 クレープ屋さんへの道をゆっくりゆっくり並んで歩きだす。



「部活、どんな感じ?」

「今年の一年生、うまい子多いから……うちの代みんなひぃひぃ言いながら練習してます」

「あははっ、豊橋と中倉あたり?」

「キャプテンも口には出さないけどなんだかんだ負けず嫌いだから負けてたまるかって思ってると思います」

「あー、川田は意外と負けず嫌いだよなぁ……」



 隣を歩く先輩が優しい眼差しで私を見つめる。

 私より頭一つ分背が高いから、時折少しだけのぞき込むようにして、私と視線を合わせてくれる。
 高校時代もそうだった。



「懐かしいなぁ……なんか戻りたくなってきた」



 先輩が懐かしむように辺りを見渡す。



「先輩は……大学、どうですか?」

「楽しいよ。地元の友達一人もいないから不安だったけど……サークルいっしょになったやつが仲良くしてくれて」



 先輩が大学で野球続けなかったってことは、チャットのやりとりで聞いた。

 今は山岳サークルに入っているらしい。
 先輩は結構山登りとか好きだったし……向いているとは思う。

 でも……野球をしてない先輩っていうのが、想像できない。



「……山岳サークルって、どんな感じですか?」

「んー、週末とか長期休みとかに出かけて、山登る。それ以外はフリー。勝手に部室でカードゲームしてる人もいるし、平日は全く顔出さない人もいるし」



 ここで、女の人っているんですか、とか聞いたら、困らせてしまうかな。
 男子野球部でさえマネージャーとして女子部員がいるんだから、たぶんいないわけないよね。



「花は?受験生だけど、進路どうするの?」

「……まだちゃんと決めてはないですけど……今のところ、教育学部の予定です」

「教育学部がある大学多いし、迷うよな」

「……なんか、まだ部活引退してすらないから……受験生になった実感もまだ少ないのに、大学通ってる自分とか、想像できないです」

「俺もそうだった。けど大学通ってる姿なんて想像できないもんだよ、みんなそうだから大丈夫。焦んなくていいから」



 先輩はそっと私の頭をなでた。


 私は今、高校の三年生を迎えている。

 私は今、野球部で、最後の大会を控えている。

 私は今、受験生として、進路選択を迫られている。


 私が悩んで生きているそのすべてを、先輩は去年過ごしていて。

 今先輩は、また来年私が生きるであろう道を、一足先に生きている。



(なんだか……)



 去年この道を歩いたときは、こんなこと思いもしなかったのに……。



「ん、どうした?」



 突然立ち止まった私に気づいて、数歩先を行く先輩が振り返る。



(先輩が、やけに遠く感じる……)