「夏原先輩って、どんな人なんですかー?」

「はっ!?」



 ドリンクを作っている最中、彩ちゃんが唐突にそんなことを言ってきた。


 今日は8月10日。

 ちょうど火月先輩が帰ってくる日だ、なんて考えてたもんだから、彩ちゃんの言葉で危うくかごの中のボールを全部ぶちまけるところだった。



「な、ななな、何急にっ!?」

「先輩が焦ってる……珍しい……。だって先輩、浮ついた話のひとつもないから、彼氏とか聞いたらもう気になっちゃって!」



 コイバナ大好き彩ちゃんは、ずいっと私ににじり寄ってきた。



「で?どんな人なんですっ?」

「べ、別に……普通の先輩だったけど。一応キャプテンだったからまあ割としっかり者だった……とか、そんな感じ……」



 彩ちゃんの圧に押されて渋々当たり障りないことを答えたけど、彩ちゃんの好奇心はその程度じゃ満たされないようで。



「それでそれで?夏原先輩のどこを好きになったんですかー?」

「ど、どこって……」



 そんなの、全部。


 低くて静かな声。

 目を細めた笑い方。

 ちょっと気だるげな歩き方も、骨ばってて大きな手も。

 ふとしたときに私の頭をなでてくれるところも、目があったら小さく微笑んでくれるところも。


 全部、全部大好き。



「……先輩?どうなんです?」

「……ぶ、部活中!私語厳禁っ!!」

「えー?もう片付けだしほぼ部活外じゃないですかー、コイバナしましょうよー」



 私は恥ずかしくなって、彩ちゃんの圧を無視しながら無心にボールを磨く。


 黙々と作業してたらあっという間に終わり、あとは私がやるからと、後輩たちを先に帰らせた。

 彩ちゃんはコイバナをするため「手伝います!」と何度か食い下がってきたけど、秘技・先輩命令を発動して帰らせた。



(欠品確認だけして帰ろう、最近テーピング結構使ってるし……)



 いろいろと乱雑に詰め込まれた道具箱を開け、中身を確認する。



(やっぱテーピングの減り早……、そろそろ買い足さないとやばいかも。あと共用のグラブオイルも追加で買っておいたほうがいいかな……)



 必要なものを考えながらついでに道具箱を整理していると、もう残り少ないテーピングがひとつ手から転がり落ちた。

 そのままコロコロと倉庫の入口へ転がっていく。



「あー……」



 若干のめんどくささを感じながら立ち上がろうとしたそのとき。



「!」



 ちょうど入口から入ってきた人が、転がっていくテーピングを拾った。



「テーピング、あとちょっとしかないじゃん」



 その人は、低くて静かな声で、そう言った。


 私の大好きな声だった。