花火ももうそろそろ終わる。

 その前にどうしても、先輩の気持ちに応えたい。


 私とあのベンチで花火を見たいって気持ち。



「先輩、すぐそこのコンビニ行きませんか?」

「いいよ」



 公園をでて、すぐそこにあるコンビニ。

 家がこの近くだからたまに使うけど、このコンビニなら……。



「あった」



 入ってすぐの窓際に陳列されたカラフルな袋を手に取る。



「先輩、手持ち花火、しませんか?」

「!」



 火月先輩が驚いた表情で花火を見渡す。



「花火……見れる、のか。あそこで……」

「はい」



 私はいくつか袋を手にとって先輩に渡す。



「どれがいいですか?先輩が好きなのにしましょう」

「……じゃあこれ」



 先輩が選んだのは、一番安い線香花火だけのセット。



「え、それですか?他にも派手なのいっぱいありますけど……」

「派手なのも嫌いじゃないけど、花とするなら線香花火がいい」

「……わかりました」



 火月先輩がなぜそう思うのか気になったけど、とりあえず他にも必要なものをそろえ、お会計を済ませてコンビニを出た。

 暗がりの中でも、火月先輩と手をつないでいれば怖くない。



「せっかくの線香花火だし、勝負するか」

「勝ったらどうなるんですか?」

「勝ったら……ベタだけど、なんでも一個相手に言うこと聞かせられるとか」

「絶対ですよ?」



 指切りをして、隣り合って座って線香花火をもつ。

 二人で一つのろうそくを囲んで火が付くのをまつ。
 静かでどことなく厳かな時間が、私たちを包む。



「あっ、ついた」



 先輩の線香花火が先に火がついて、少し遅れて私のも燃え始めた。


 遠くで響く花火の音と、ジリジリと小さく燃える線香花火の音。



「……花火大会の最中に線香花火するなんて、世界で絶対私たちだけですね」

「絶対そうだ」



 見つめ合って、静かに笑い合う。


 遠くで響く歓声が、やけに霞んで聞こえて。

 線香花火の音と先輩の声が、私の耳を満たす。


 みんなが夢中で満開の空を見上げているとき、私たちはこの小さな火玉を静かに見つめている。


 この世界で誰も知らない、二人だけの空間。



「……もうちょっとで終わっちゃいます」

「……まだある」



 煌々ときらめく火玉が、だんだんと光を失っていく。
 焼ける匂いが鼻をかすめた。



「あ……」



 私と先輩の火玉が、ポトリと同時に落ちた。



「……引き分け?」

「……なんだ、先輩になにお願いしようか考えてたのに」



 先輩は私の顔をのぞきこむ。



「例えば……何?」

「……叶えてくれるんですか?」

「うーん、内容によっては?」



 私は少し頭をめぐらせる。



(火月先輩にお願い……か……)



 先輩に何かをしてほしいって、あまり考えたことがない気がする。
 ただ側にいてくれるだけで十分。



(……でもよく考えたら、今はその『ただいっしょにいること』も難しいのか)



 どれだけ会いたいと思っても……物理的な距離が私たちの間にはある。



「……じゃあ、来年も再来年も、その先もずっと……私といっしょに花火見てください」

「!」



 先輩が息を呑んだ。

 そして、切なそうに私を見つめた。



「……来年、花も大学生になって……」

「……はい」

「もしかしたらもっと離れちゃうこともあるかもしれないけど……」

「………」

「絶対、線香花火もって会いに行く」



 思わず涙があふれそうになったけど、私は唇を噛んで涙をこらえた。
 明日帰る先輩の心残りにはなりたくない。

 少しだけ私の心が泣き止むのを待って、まっすぐ先輩を見つめる。



「待ってます」



 遠くで一つ、花火が弾ける音がした。

 見つめ合った私達は、誰もいない公園でひそやかに秘密のキスを交わした。









 終わり