「ここって……」
火月先輩が私を連れてきたのは、少し歩いたところにある公園だった。
「二年前、二人で花火見たとこ。覚えてる?」
「忘れるわけないです……」
先輩は私の手を引いて、あのときと同じベンチに並んで座る。
「……ほんとはこうやって、ここであのときと同じように花火見ようと思ってたんだけど……」
先輩が困ったように眉を下げる。
あのときは私たち以外にも遠目で花火を見ようとする人が何人か公園内にいたんだけど、今日は誰もいない。
それもそのはず、この公園からでは、最近建った高いマンションにさえぎられて花火なんてほとんど見えないんだから。
「もう二年経つもんな……そりゃこうなってもおかしくないよな……」
先輩が視線を落とす。
二年前、確かにここで花火を見たのに。
時が経てば、人も、場所も、変わっていく。
どれだけ恋しがっても、懐かしく思っても、終わってしまえば戻ることはできない。
私はぼんやりとマンションを見つめていたけど、なんだか唐突におかしくなってきて、小さくふき出した。
「ど、どうした?」
そんな私を不思議そうに見つめる先輩。
「ふふっ、だって……っ、花火大会なのにマンション見つめてるのなんて……っ、私達くらいじゃないですか……っ」
「……確かに」
先輩も私の言葉を聞いて、ふっと笑った。
「まあ……いいや、ここで花火見たかったのはほんとだけど……正直言えば花と二人きりになるための口実だったし」
少し照れながらそう話す火月先輩。
そんな先輩に、私は少しドキドキしながら聞き返す。
「先輩も……私と二人きりになりたいって思ってたんですか……?」
私の質問に、先輩は少しだけきょとんとする。
「当たり前じゃん。……そう見えない?」
「見えないっていうか……だって、私は……その、二人きりがよかったのに……野球部のみんなと合流したいって言うから……」
「……ああ、そういう……」
火月先輩はしばらく困ったような顔をして考え込んでいたが、小さく一つ息をついて、話し始めた。
「……なんか……ださいと思われそうで言わないつもりだったんだけど」
先輩はよほど言いたくないのかそこで口ごもる。
「その……け、」
「け?」
「牽制……しておこうかと……」
「けんせい?」
「今の二、三年は花の彼氏が俺だってこと知ってるだろ……?けど一年は知らないからさ、なんか……変な気起こされたらやだなって……」
予想外の答えすぎて、私は一瞬固まってしまった。
そしてそれと同時に、先輩への愛おしさが増す。
「……私、心配しなくても先輩しか見てないです」
「……ありがとう」
赤くなった頬を隠すためか、先輩はそっぽを向く。
「でも別に……花のこと疑ってるとかではないから……花がなんとも思ってなくても、相手が惚れてくるかもしれないだろ……」
「だとしても相手にしません。火月先輩しか見てないですから」
「……だとしてもなんかやだ」
「あははっ」
「笑うなよ……だから言いたくなかったんだって……」
火月先輩がわざとらしくため息をつく。
そんな先輩を見て、また笑いそうになる。
愛おしくて。
(私、なんか変なのかも)
かっこいい先輩も、大人っぽい先輩も、スマートな先輩も、もちろん好き。
でも……こうやって、ちょっとスマートじゃないことも素直に言ってくれる、ちょっとださい先輩のほうが……不意に抱きしめたくなるくらい大好き。
「わっ、なんだよ急に……っ」
そんなこと考えてたら、思わず先輩に抱きついていた。
「先輩………っ、大好きです……!」
先輩は驚きながらもそっと抱きしめ返してくれた。
「……俺も」
私と先輩は、二人きりの公園で、しばらくただ静かに抱き合っていた。
花火の音さえ気にならないくらい、心臓が大きく高鳴っていた。
抱きしめながら、私の鼻をくすぐるのは爽やかな香水の香り。
「……先輩、なんで香水つけ始めたんですか?」
「え?……におい嫌だった?」
「じゃないですけど……」
私は本当のことを言おうか少し迷ったけれど、先輩がさっきためらいながらも本当の気持ちを言ってくれたことを思い出して、意を決した。
「髪も、ピアスも、香水も……めっちゃ素敵だけど……私の思い出の中の先輩がいなくなっちゃったみたいで……ちょっと、さみしかったです……」
「!」
「あと、えっと……なんて言ったらいいのかわからないですけど……こう……、先輩が大学生になったんだなーっていう実感?みたいなのが出てきて……遠くにいっちゃったなって……思いました……」
「……うん」
先輩が、私のことを一段と強く抱きしめた。
「実をいうと」
「はい」
「髪染めたのもピアス開けたのも……帰省する直前で……」
「え!?」
「香水は友だちのお下がり……」
「えっ!?」
驚いて先輩の顔を見ようとしたけど、ぎゅっと抱きしめられていて離れられない。
「別に俺……たぶんだけど、高校のときからなんも変わってないと思う。見た目が変わっただけ。見た目を変えたのは……花に釣り合う男になりたかったからで」
先輩が、そんなことを考えていたなんて。
私だってむしろ先輩に釣り合おうと必死だった。
野球部の次期キャプテンって期待されてた先輩と、入部したてで毎日ミスばかりのマネージャーである私。
高三で部活も受験もきっちりこなしてた先輩と、進路にも部活にも悩んでばっかりの私。
ずっとあなたを追いかけているばかりだと思っていたのに。
「花はモテるに決まってるから。気遣いできるし、まっすぐだし……なにより可愛いし」
「……っ」
「そういう花に胸を張れる自分でいたいから……できること全部やりたかった」
ほんとだ。
見た目が変わっても、全然変わってない。
私を一番に考えてくれるところも、努力を惜しまないところも、愛情深いところも、いつも優しい言葉を選べるところも。
私が大好きだった火月先輩、そのまま。
私、先輩を好きになれて、幸せです。
火月先輩が私を連れてきたのは、少し歩いたところにある公園だった。
「二年前、二人で花火見たとこ。覚えてる?」
「忘れるわけないです……」
先輩は私の手を引いて、あのときと同じベンチに並んで座る。
「……ほんとはこうやって、ここであのときと同じように花火見ようと思ってたんだけど……」
先輩が困ったように眉を下げる。
あのときは私たち以外にも遠目で花火を見ようとする人が何人か公園内にいたんだけど、今日は誰もいない。
それもそのはず、この公園からでは、最近建った高いマンションにさえぎられて花火なんてほとんど見えないんだから。
「もう二年経つもんな……そりゃこうなってもおかしくないよな……」
先輩が視線を落とす。
二年前、確かにここで花火を見たのに。
時が経てば、人も、場所も、変わっていく。
どれだけ恋しがっても、懐かしく思っても、終わってしまえば戻ることはできない。
私はぼんやりとマンションを見つめていたけど、なんだか唐突におかしくなってきて、小さくふき出した。
「ど、どうした?」
そんな私を不思議そうに見つめる先輩。
「ふふっ、だって……っ、花火大会なのにマンション見つめてるのなんて……っ、私達くらいじゃないですか……っ」
「……確かに」
先輩も私の言葉を聞いて、ふっと笑った。
「まあ……いいや、ここで花火見たかったのはほんとだけど……正直言えば花と二人きりになるための口実だったし」
少し照れながらそう話す火月先輩。
そんな先輩に、私は少しドキドキしながら聞き返す。
「先輩も……私と二人きりになりたいって思ってたんですか……?」
私の質問に、先輩は少しだけきょとんとする。
「当たり前じゃん。……そう見えない?」
「見えないっていうか……だって、私は……その、二人きりがよかったのに……野球部のみんなと合流したいって言うから……」
「……ああ、そういう……」
火月先輩はしばらく困ったような顔をして考え込んでいたが、小さく一つ息をついて、話し始めた。
「……なんか……ださいと思われそうで言わないつもりだったんだけど」
先輩はよほど言いたくないのかそこで口ごもる。
「その……け、」
「け?」
「牽制……しておこうかと……」
「けんせい?」
「今の二、三年は花の彼氏が俺だってこと知ってるだろ……?けど一年は知らないからさ、なんか……変な気起こされたらやだなって……」
予想外の答えすぎて、私は一瞬固まってしまった。
そしてそれと同時に、先輩への愛おしさが増す。
「……私、心配しなくても先輩しか見てないです」
「……ありがとう」
赤くなった頬を隠すためか、先輩はそっぽを向く。
「でも別に……花のこと疑ってるとかではないから……花がなんとも思ってなくても、相手が惚れてくるかもしれないだろ……」
「だとしても相手にしません。火月先輩しか見てないですから」
「……だとしてもなんかやだ」
「あははっ」
「笑うなよ……だから言いたくなかったんだって……」
火月先輩がわざとらしくため息をつく。
そんな先輩を見て、また笑いそうになる。
愛おしくて。
(私、なんか変なのかも)
かっこいい先輩も、大人っぽい先輩も、スマートな先輩も、もちろん好き。
でも……こうやって、ちょっとスマートじゃないことも素直に言ってくれる、ちょっとださい先輩のほうが……不意に抱きしめたくなるくらい大好き。
「わっ、なんだよ急に……っ」
そんなこと考えてたら、思わず先輩に抱きついていた。
「先輩………っ、大好きです……!」
先輩は驚きながらもそっと抱きしめ返してくれた。
「……俺も」
私と先輩は、二人きりの公園で、しばらくただ静かに抱き合っていた。
花火の音さえ気にならないくらい、心臓が大きく高鳴っていた。
抱きしめながら、私の鼻をくすぐるのは爽やかな香水の香り。
「……先輩、なんで香水つけ始めたんですか?」
「え?……におい嫌だった?」
「じゃないですけど……」
私は本当のことを言おうか少し迷ったけれど、先輩がさっきためらいながらも本当の気持ちを言ってくれたことを思い出して、意を決した。
「髪も、ピアスも、香水も……めっちゃ素敵だけど……私の思い出の中の先輩がいなくなっちゃったみたいで……ちょっと、さみしかったです……」
「!」
「あと、えっと……なんて言ったらいいのかわからないですけど……こう……、先輩が大学生になったんだなーっていう実感?みたいなのが出てきて……遠くにいっちゃったなって……思いました……」
「……うん」
先輩が、私のことを一段と強く抱きしめた。
「実をいうと」
「はい」
「髪染めたのもピアス開けたのも……帰省する直前で……」
「え!?」
「香水は友だちのお下がり……」
「えっ!?」
驚いて先輩の顔を見ようとしたけど、ぎゅっと抱きしめられていて離れられない。
「別に俺……たぶんだけど、高校のときからなんも変わってないと思う。見た目が変わっただけ。見た目を変えたのは……花に釣り合う男になりたかったからで」
先輩が、そんなことを考えていたなんて。
私だってむしろ先輩に釣り合おうと必死だった。
野球部の次期キャプテンって期待されてた先輩と、入部したてで毎日ミスばかりのマネージャーである私。
高三で部活も受験もきっちりこなしてた先輩と、進路にも部活にも悩んでばっかりの私。
ずっとあなたを追いかけているばかりだと思っていたのに。
「花はモテるに決まってるから。気遣いできるし、まっすぐだし……なにより可愛いし」
「……っ」
「そういう花に胸を張れる自分でいたいから……できること全部やりたかった」
ほんとだ。
見た目が変わっても、全然変わってない。
私を一番に考えてくれるところも、努力を惜しまないところも、愛情深いところも、いつも優しい言葉を選べるところも。
私が大好きだった火月先輩、そのまま。
私、先輩を好きになれて、幸せです。