「……響谷(ひびや)　叶人(かなと)」

　教室の中、海よりも簡素な自己紹介で終わらせた人物がいた。
　好きなものもよろしくの一言もなく、威圧感すら感じる雰囲気で、嫌々自己紹介しているのがわかるその態度に、教室が一瞬静まり返った。

　サラリとしたエメラルドブルーの髪が目を隠し、その上黒いマスクで顔半分を覆っているその容姿がさらに圧を与えている。
　表情を伺いしれないというのはそれだけで人に恐怖心を与えることが出来るのだ。

　この挨拶ならむしろ、一度立ち上がり己の名前を口にしただけでもいい方だと言えるのかもしれない。
　サボったり、完全に無視を決め込むよりは……だが。

　実際、教室の中には空席も存在した。
　クラスの面々がどこか残念がるような素振りを見せて、この場にいない、ぽつりと空いた空席を見つめ自己紹介の手番を次に移していたように思える。

　何が理由でそんな空気が出来上がっているのかは知る由もなかったが、きっと一年生の頃から人気者の誰かがこのクラスには居るということだろう。
　随分と、賑やかな集まりに詰め込まれてしまったものだと、人知れずため息をついた彼女に気づいた人はいたのだろうか。