グワァ!

 捨て身の全力攻撃に出たアップリケのカエルだったが、一瞬にして運命の歯車に呑み込まれる。反撃の余地もなく一瞬でズタズタにされてしまったその姿は、まさに絶望そのものだった。

「あぁぁぁ! カエルさん!」

 悲痛な叫びが空気を震わせた。目の前で繰り広げられる無慈悲な光景に、心が凍りつくような恐怖が押し寄せる。

 しかし、ズタズタに引き裂かれながらも、カエルは最後の勇気を絞り出すかのように、ガーディアンに必死にしがみついた。その小さな体で、強大な敵の動きを封じようとする姿は、絶望の中にある希望の灯火のように見える。

 だがその健気な抵抗も、所詮は砂時計の最後の一粒のように、むなしく流れ落ちていくだけ。カエルの奮闘が、ほんの僅かな猶予を生み出すことはできても、避けられない結末を変えることはできそうにない。

 その惨劇を見てることだけしかできない自分に首を振り、ギリッと奥歯を鳴らした。

「美咲ちゃん! 想いのエネルギーをくれ!」

 祖母の声が聞こえる。

「お、想い……って?」

 いきなりの話に眉をひそめた。

「この世界は想いが力になるんじゃ。『あんな殺戮マシーンには負けない。カエルの仇を討つ』という心の強さをみせるんじゃ!」

 腕の中で蝶がブルブルと羽を震わせる。

「ま、負けない? あんなの勝てないよぉ……」

 あまりに無理筋な話に泣いてしまいそうになるのを、ギリギリの所でぐっとこらえた。

「大丈夫じゃ! 美咲ちゃんは心の強いしっかりとした子じゃ。『負けない』って叫んでみぃ」

「ま、負けない……」

「もっと!」

「負けない!」

「そう!」

 祖母の叱咤激励に目をギュッとつぶって全身の力を込め、応えた。

「負けない負けない負けない!」

「そうじゃ! 行っけーー!」

「私、負けないわ! 倒して元気になったおばあちゃんと暮らすんだからーー!!」

 ズタズタにされたカエルは力尽きて静かに消えていき、ガーディアンがこちらに歩いてくる。

 次の瞬間、激烈な閃光が目の前を真っ白にする。

 ズン!

 ものすごい地震のような激しい揺れが襲い、思わずしりもちをついてしまった。

 きゃぁぁぁぁ!

 一体何が起こったのか分からない。だが、もうもうと立ち上がる煙がたなびいていくと、目の前には黒焦げになったガーディアンが口から黒煙を上げていた。

「え……?」

 単に叫んだだけ、それなのにガーディアンはダメージを受けている。この世界は『想いが力になる』ということをまざまざと見せつけられた。

 やがてゆっくりとガーディアンは大地に身体を倒し、パリパリとスパークを上げる。

「後は……任せたぞ……」

 祖母は息も絶え絶えにそう言うと、蝶の身体をぱたりと横たえた。

「お、おばあちゃん!」

 『負けない』という想いをエネルギーに変えて稲妻を落とした祖母は、全ての力を使い切って動かなくなってしまった。

「くぅぅぅ……。頑張る、わたし頑張るよ!」

 カエルを失い、祖母の最後の力を使い切った以上もはや自分しか残っていない。

 グッとこぶしを握り、決意を新たに、青い光が噴き出す洞へと足を進める。

 悲しみと感謝、そして使命感。複雑な感情を胸に、美咲は青い光に満ちた未知の世界へと足を踏み入れていった。


       ◇


 美咲が世界樹の中に足を踏み入れると、周囲の景色が一変した。薄暗い無限に広がる広大な空間で足元に一本の細い光の道だけが伸びている。

「……。へ……?」

 下をのぞけばただ漆黒の暗闇がぽっかりと開いているばかり。きっと落ちたら助かるまい。

 ひえっ!

 いきなりとんでもないところに来てしまった。

 戻ろうにも後ろを見てももう退路などない。はるか彼方から一本の白い道がただ続くばかりである。

「くぅぅぅ……。これが世界樹……?」

 想像もしなかった展開に困惑したが、胸に抱いた蝶が羽をわずかに動かし、前に進むよう促している。求めるところはこの先にあるのだろう。

「わ、分かったわよぉ……」

 泣きべそをかきながらキョロキョロと辺りを警戒し、恐る恐る一歩を踏み出す――――。

 突如、美咲の周りに無数の画面が浮かび上がった。そこには美咲の人生の様々な場面が映し出されている。小学校の卒業式で一人寂しく佇む姿、大学の新歓コンパで端っこに座っている様子、新卒で入った会社で成果を出せず、上司に叱責され、涙をこぼすさま……。

「な、なんでこんなシーンばっかり!! ひどい!!」

 あまりにも意地悪な世界樹の洗礼に、思わず憤慨してしまう。

 だが、全ての画面に共通しているのは、美咲の「逃げ」の姿勢が招いた結果だった。

「でも……これが本当の私でも……あるわよね……」

 言葉にならない呟きが、震える唇からこぼれ落ちた。自分の人生の真実が、容赦なく魂を揺さぶってくる。

 膝から崩れ落ちそうになりながら、何とかギリギリのところで踏ん張った。胸に抱く祖母への想いが、自分を支える見えない杖となっていたのだ。