やばい。好きの気持ちが高まってきた。とはいえここでどうこうできるわけじゃない。
「ごめん、ちょっと鼻緒痛いからどっか座りたい」
「どっかって?」
「奥宮の石段。花火、見えんけど足がもう限界」
「おくみや?」
「さっき登ってきたのが里宮。そのさらに山の方が奥宮」

 すっ。
 
 え?
 いま、すっ、って音しなかった?
 そうではない。シュウジ君がなぜかわたしをエスコートしてくれる時の効果音だ。「――ごめん」とりあえず謝る。こんな、シュウジ君とのゼロ距離接近、初物なので暫時躊躇するも、わたしは手を取る。この際だ、少し荷重をかけてみようか。しかしシュウジ君、思いのほか強い力でわたしの体重を支え、奥宮の石段の方へ歩いてゆく。さきほど花火を見ていた社の裏へ差し掛かると――。

 湿度が異様に高い。
 何たる不届き者か、とひいじいちゃんなら火焔放射器で一掃するであろう光景だな。何組かのカップルが立つなり座るなりして乳繰り合っていた。

 シュウジ君が生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「シュウジ君、あのね、わたしこういうのは想定してなくて、だから」
 ――だめだ。スイッチ入っちゃってる。
「まあ、夏だもんな」あのさあシュウジ君さあ、夏だからって聖域でこういうことが許されるわけじゃ――。 

 でも、もしかしたら、わたしもそうなのかもしれれない。
 心拍が上がり呼吸も荒い。シュウジ君の顔を見上げてみる――ぶ、仏頂面。
「ちょっと石段座って」
 いうとおりにするわたし。隣に座るシュウジ君。「サイズ会うか分かんねえけど」
 シュウジ君は下駄を脱ぐ。透明のシリコンでできた、鼻緒を挟むクッションをわたしの下駄に着けた。「ほら、これで少しは痛くな――」

 うん、バレたな。
「なんだ、ぜんぜん皮むけてないじゃん」
「――ごめん」
「なんで?」
「その、さ、誘ったから」
「えちいことに?」
「――もう、いいじゃない」
「たしか、日本舞踊習ってたっけ」
「うん――だから一年中和装とかでも大丈夫」

「なんていうか、女子って複雑なんだか単純なんだかわかんねえな」立ち上がったシュウジ君は腰を反らし、首をぼきっと鳴らした。
「ごめん、シュウジ君て、こういう女子あんまり好きじゃない、よね」わたしも立ち上がる。
 
 花火は次で終わりのはずだ。「ふたりとも思ってること、次の大玉でいおう?」
「それはいいけど、なんで?」

 わたしは閃くような速さでなんば歩きをしてシュウジ君から遠ざかる。もしくは逃げる。

 風切り音がする。生ぬるい風が袂を揺らす。おなかに響くような尺玉が花開く。
「シュウジ君! ――――――!」

「あんなあ」
 近づくシュウジ君。「思ってても伝わらんとなんもならんことだって、あるじゃん」
 さらに近づくシュウジ君。近い、近いぞシュウジ君。「そ、それはわかるけどさ――」
「おれ、おまえのことよく知らないし今ここでいきなりどうこうっていうのは」
 うつむくわたし。
「っていうと思った? 意外と鈍いんだな」からからと笑う。「え?」
「花火終わったし、帰ろうか」そういってシュウジ君は、

 ――わたしの手を取った。