父が比較的都心部に近いところに居を構えたので学校も大きなマンモス校だった。幼小中高大と、とくにグレたり留学したりしなければエスカレーター式に進める、まあ、お金があっていじめの標的にならなければ何とも簡単に学歴が手に入る、そういう学校だ。

 わたしはシュウジ君とは幼稚園時代からずっと別々のクラスだった。おおかた神の嫌がらせだろう。そう思うようにしているが、あながちその読みは外れでもないようだ。なぜって、高等部二年の今の今まで同じクラスになったためしがないのだから、単純計算で確率を求めると――あ、いや、わたしは文系だからそういう計算はちょいと門外漢なんでね。また別の機会を待ってくれ。

 え、わたし? わたしはどこにでもいる、しがない図書委員だよ、ふふっ。全身に古い文献の匂いをまといつつ生きる半端者さ。でも、シュウジ君もシュウジ君で剣道部なんだし、多少青春の匂いをはらんだ人物であってもそれは充分に許容範囲内だ。

 でも、だからって納涼花火大会に部活上がりでシャワーも浴びずパパっと甚兵衛に着替えて待ち合わせの神社に来るとは思ってはいなかったさ。まあそれも青春の一ページだから、許容範囲だ。

 わたしは日本舞踊の師範代をしているおばあちゃんに浴衣をちょっときつめに着つけてもらい、その神社への石段を登っている。シュウジ君は遅れてやってきた。

「ごめん、遅くなった。ほかのやつら誘わなかったけど、よかったの?」ああ、シュウジ君よ、乙女心を分かっていないのはいいとして、無断で剣道部やその他諸々の人間を連れてこなかったのは充分に及第点だ。

「ううん、いいよ。あたし、人の多いとことか大人数であれしたりするの、ちょっと苦手だし」気づいてくれとはいわない、せめてあたしと二人きりで肩を落とすとかそういう反応をしなかったのは褒めてやる。さらにいえばわたしの隣で花火を見ながら笑っていておくれ。

「おばあちゃんがいってたの。ここからだと花火、よく見えるから」
 何台か設えられたベンチはすでに埋まっており、わたしとシュウジ君は立ち見で花火のクライマックスあたりから一緒に観始めた。
「思ったよりいい眺めだね」
「え、なんて?」わたしは訊き返す。

 シュウジ君はわたしに至近距離で同じ内容を耳打ちする。「ひゃん!」
「え、な、何、どしたの?」
 赤面するわたし。でも、千変万化する花火の色彩で赤面しようが顔面蒼白になろうが大した問題ではなかろう。いいかシュウジ君。恋愛経験ゼロの女子は耳元に男子の息がかかるとこういう反応をするんだ。覚えていて損はないよ。