「園部、いいもん食ってんなあ」
 素直な性質の朔也は、奈々子の手元を見て、うらやましげに言った。

 朔也はクラスの人気者だった。
 ルックスは悪くないが、三枚目タイプで付き合いやすいので、男女ともに支持されていたし、奈々子のように物堅いと思われがちなタイプにも、こんなふうに屈託なく話しかけてくるのは、教室での光景も全く同じだ。

「食べる?食べさしで悪いけど」
「いいのか?ラッキー!」

 奈々子は何も考えず、木の匙をさしたまま、カップを朔也に渡した。

「俺、アイスの中でこれ一番好きなんだよ」
「…全部食べてもいいよ」
「マジで?」
「どうせタダでもらったやつだし」

 クーポンのことを説明したら、
「でも、新製品買った分でカネ使ってるよな?いいのか?」
 などと妙に律儀なことを言う。
 言いながらも、食べるのをやめない。
「気にしないで。私結構食べたし」
「そうか?やっぱうめーなっ。高級アイスのバニラより、断然これなんだよなあ」

 実際奈々子が食べられたのは3割ほどだったのだが、嬉々として匙をしゃくる朔也の顔を見ているだけで楽しいので、後悔はなかった。

 奈々子は朔也を表面上は「田村君」と呼んではいるが、友人と彼の噂をするときや心の中では「朔也」と呼んでいた。同級生にほのかな恋心を抱く女子中学生にはありがちなことだ。

「そういえば」
 奈々子はある考えが頭に浮かび、思い切って口に出すことにした。

「田村君って、今日誕生日だったりする?」
 単純に、「朔也」という名前なので、1日生まれかもしれないという発想からだったが、確率的には12分の1だった。
「いや、違うけど?」
「あー…」
「何でそう思った?」
「名前が「朔也」だから。朔の字って「ついたち」って意味でしょ?」
「ああ、そうか。誕生日なら9月1日だ。名前は親父が尊敬してるじいさんから取った字だって聞いたことあるけど」
「そか…じゃ、1カ月早い(たん)プレってことで」
「なるほど。じゃ、遠慮なくゴチになるよ」

 朔也は実際、そんなことでからかったり、思い上がったりしたことを言う男子ではないが、「こんなんくれるとか、お前、俺に気があるのか?」などと言われるのを阻止する意味も少しだけあった。