〇放課後・ファーストフード店

 ハンバーガーやポテトを提供するファーストフード店の外観。多くの人々で賑わう店内。
 その店内の一角、4人掛けの席に腰かける千波、葵、結愛、美鈴。ポテトを食べながら会話をしている。

結愛「じゃあ智哉クンは、美鈴という彼女がいながら他の女ともデートしてたんだ」

千波モノ『美鈴には高校1年生の頃から付き合っている彼氏がいる。美鈴と同じ陸上部に所属していて、名前は智哉』

美鈴「(不愉快そうな顔で)そう、ありえないっしょ。でも智哉はデートじゃないって言い張るんだよ。たまたま会っただけだってさ」
千波「美鈴的には、その言葉は信じられないんだ?」
美鈴「信じられるか! 2人でくっついて写真まで撮ってるんだよ!? たまたま会っただけなら一緒に写真なんか撮るかフツー」
葵「あちゃあ」

 そのとき、空いていた隣の席に3人組の男子高校生が座る。そのうちの1人が千波の顔を見て気づきの声をあげる。

男子高校生①「あ、根津先輩だ。ちわっす」

 他の2人の男子高校生も千波に向けて挨拶をする。しかし千波は彼らの顔に見覚えがなく、困惑する。

千波「えっと……ごめん、誰だっけ?」
男子高校生②「(申し訳なさそうに)あ、俺たち、熊田のクラスメイトっす」
男子高校生③「熊田が『2年生の根津千波先輩』って紹介してたの聞きましたよ」
千波「あ、あー! ……え? あの場面を見てたの?」
男子高校生②「バッチリっす!」

《千波フラッシュ》教室で「僕のねずみちゃん!」と宣言する浩介。

千波(は、恥ずかし……)

 そこへトレーを持った2人の男子高校生がやってくる。トレーの上にはハンバーガーやポテト、飲み物が山盛りになっている。1人は千波の知らない人物だが、1人は浩介。

浩介「(へにゃっとした笑顔で)あ、ねずみちゃんだ。やったー」

《千波フラッシュ》千波の自宅で浩介にキスされた場面

 浩介の顔を見ることが恥ずかしくて、ふいと視線を逸らす。浩介はトレイから飲み物を下ろすことに一生懸命で、千波のよそよそしい態度には気がつかない。


〇引き続きファーストフード店

 席が隣になったことで仲良くなった千波たち(2年生女子4人)と浩介たち(1年生男子5人)は、美鈴の彼氏の行いについて討論を繰り広げている。

結愛「男子的にはさぁ。彼女いる身で他の女とデート、ってのはセーフなの?」
男子高校生①「いやいやアウトっすよ。全然ダメ。不誠実」
男子高校生②「俺は出かけるくらいならセーフ派かな。付き合うとかはなくても、趣味があったら一緒に買い物くらいしたくないすか?」
美鈴「えー、じゃあツーショットの写真撮ってるのはどう思う?」
男子高校生②「写真の映り方にもよりますけどねぇ。SNSにあげたり、スマホの壁紙にしたりしてたらアウトかな」

 千波は積極的に会話に参加することなくポテトを食べていたが、ふと思い出して浩介に話題を振る。

千波「(小声で)ねぇ浩くん。この間の写真、どこかにアップしたりしてないよね?」
浩介「してないよー」
千波「スマホの壁紙にもしてない?」
浩介「したよー」
千波「(ほっとした顔で)そっか。それなら良かっ……え?」

 愕然とした表情になる千波。浩介は悪びれた様子もなく相変わらずのニコニコ顔。千波は大慌てで、テーブルに置かれた浩介のスマホに手を伸ばす。

千波「今すぐ変えて! というか消して!」
浩介「(悪戯気に)やだ」

 スマホを奪おうとする千波と、スマホを守ろうとする浩介の攻防。
 周りの友人たちが2人のやりとりに気がつき、高校生①が浩介の隙をついてスマホを奪い取る。みんなが同時に画面をのぞき込む。そこには笑顔の千波と、千波の頬にキスをする浩介のツーショットが。

結愛「千波と熊田くんて……やっぱり付き合ってる?」
千波「(真っ赤な顔で)付き合ってない……!」


〇別の日の放課後・文芸部の部室

 本棚と机、いすが並べられただけの部室。数人の部員たちが本を読んだり、原稿用紙に文字を書いたりしている。文芸部と名前はついているがかなり自由な雰囲気。
 その部室の一角で、浩介と3年生の先輩(女・色っぽい)がおしゃべりをしている。

先輩「熊田くんはさぁ、彼女いないんだよね?」
浩介「いないです」
先輩「ふーん。じゃあ年上と年下ならとっちが好き?」
浩介「んー……年上?」

 そう答える浩介の手を、先輩がそっとにぎる。浩介の顔に顔を近づけ、色っぽい雰囲気でささやく。

先輩「じゃあ……あたしなんてどうかな……」

 そのとき、部室の扉がガチャリと開く。千波が気怠そうな表情で入ってくる。

千波「お疲れさまですー。5月なのに暑いですねぇ」
浩介「(満面の笑顔で)ねずみちゃん!」

 浩介が勢いよく立ち上がったので、先輩は机にべしゃっと倒れ込む。渾身の口説きが滑って心底悔しそう。

先輩「おのれ根津ぅ……」
別の1年生「山川先輩、熊田は無理ですって。根津先輩にぞっこんだって1年生中の噂ですもん」
千波「待って何その恐ろしい噂」


〇同日・帰り道

 今日もまた手を繋いで歩く千波と浩介。浩介と他愛のない会話を楽しみながら、千波は繋がれた手をちらりと見下ろす。

千波(私たちの関係って何なんだろう? 先輩と後輩? 仲の良い友達? 本当にただそれだけなの?)

 千波の葛藤に気付くことなく、浩介は笑顔でおしゃべりを続けている。

千波(浩くんは私のことをどう思ってるんだろう。好きだってことは伝わってくるよ。でもその好きは友達としての好きなの? 先輩後輩としての好きなの? それとも――)

 千波はそっと浩介の横顔を見上げる。視線に気がついた浩介がにこっと微笑んだので、千波は慌てて視線を逸らす。
 このとき、千波は葛藤の答えを出すことができない。

 
〇少し時が流れて5月・高校の教室

 半袖姿になった生徒たち。委員長と副委員長が黒板の前に立ち、学級会を仕切っている。黒板には「バレー、バスケ、ソフトボール、卓球」の文字。

千波モノ『しらさぎ高校では6月に体育祭がある』

委員長「まずは競技の希望をとりますね。バレーに出たい人ー」

 生徒たちの何人かがちらほらと手をあげる。副委員長が彼らの苗字を黒板に書き記していく。

千波モノ『クラス全員が4つの種目にわかれ、トーナメント戦により勝敗を決し得られたポイントを競い合う』

 着々と話し合いが進んでいく中、美鈴が小声で千波に話しかける。

美鈴「千波、何に出るつもり?」
千波「(自信満々で)卓球」
美鈴「そういえば中学では卓球部だったんだっけ」

千波モノ『千波に、現役部員はその競技に参加できないというルールがある』

千波「こう見えて結構強かったんだよ。去年は準決勝で3年生に負けちゃったから、今年こそてっぺん獲ってやるんだ」

 ガッツポーズをしてやる気十分の千波。対する美鈴はあまり気乗りしない様子。

美鈴「私は余ったところでいいや。どうせ部活が忙しくて、あまり練習に参加できないし」
千波「高体連が近いんだっけ? 大変だね」


〇少し時間が経った日の昼休み・体育館

 体育祭の練習期間に入り、学校全体が盛り上がりを見せている。クラスTシャツをデザインする生徒の姿、グラウンドでキャッチボールをする生徒の姿。

 広い体育館は半分に仕切られていて、半分は卓球台が並び、半分ではバスケの練習が行われている。そこでは体操着姿の千波が、卓球のラケットを振ってスマッシュを決めたところ。試合相手の女子生徒・舞(眼鏡・大人しめ)はスマッシュを返せず、千波は「やー!」と雄叫びをあげる。

舞「(息を弾ませながら)根津ちゃん、調子いいね」
千波「(にかっと笑って)ようやく勘が戻ってきたみたい」
舞「私も頑張らないとダブルスで負けちゃうね。高校に入ってから全然運動してないから、身体が重たいや」

千波モノ『卓球の選手は各クラスから2人ずつ。シングルス2戦、ダブルス1戦で2勝した方が勝ち』

 2人はタオルで汗を拭きながら壁際に座る。ずらりと並んだ卓球台では、他のクラスの生徒たちが練習を続けている。卓球台の数に比べて生徒の数がいくらか多いため、千波たちの他にも休憩中の生徒がちらほらいる。
 ペットボトルの飲み物を飲んでいた千波は、隣で行われているバスケの練習風景を見やる。忙しなく動く男性生徒の中に浩介の姿を見つける。

千波(浩くんだ)

 舞が千波の視線を追う。

舞「隣、1年生かな」
千波「うん、そうみたい」

 千波が練習風景を眺めていると、浩介が千波に気付く。試合中であるにも関わらずニコニコ顔で千波に手を振ってくる。次の瞬間、浩介の横面にバスケボールが直撃する。

千波「ああ! 言わんこっちゃない!」


〇引き続き体育館

 体育館の壁際で、浩介と千波が横並びで座っている。浩介は鼻の穴にティッシュを詰め込み、頬にあざができた情けない顔。

浩介「(落ち込みながら)僕、ちょっとカッコ悪かったよね……」
千波「まぁ、かなりカッコ悪かったかな」

 他の生徒の練習風景を眺めながら会話を続ける。

千波「浩くん、運動苦手なのにバスケなんだ」
浩介「勝手に決められちゃったんだ。うちのクラス、バスケの経験者が2人しかいないから、残りの3人はとりあえず背の高い奴らで固めようってことになって」
千波「そっかぁ。男子バスケは毎年怪我人が多いからさ、ほどほどに頑張ったらいーよ」
浩介「うん……」

 浩介が珍しく不安そうな表情なので、千波は元気づけようとする。

千波「浩くんの目標はワンゴールだね、それで十分だよ!」

 浩介はうかがうように千波の顔を見る。

浩介「ねずみちゃん。もし僕が1回でもゴールできたらご褒美ちょうだい?」
千波「ご褒美ってどんな?」
浩介「(真面目な顔で)ねずみちゃんと2人で出かける権利」

 そんなことをお願いされるとは思っていなかったので、千波は一瞬フリーズする。

千波「そんなんでいいなら、いくらでもあげるけどさ……」
浩介「(心から嬉しそうに)やったぁ。じゃあ頑張っちゃお」