牛乳配達の瓶の音と雀の声で目を覚まし
ランチジャーを抱えて自転車で颯爽と出掛ける父を見送る。
 電話はダイヤル式で玄関の棚の上に置かれていて
ドアノブやティッシュケースと同じカバーが掛けられていた。

 煙草屋にはいつもおばあちゃんが居て子供がお使いに来ていた。
夕焼けは今より鮮やかで虹は今よりも大きく見えた。
 夕立は凸凹道を川に変えて流れたし
朝焼けだって今よりももっと鮮やかだった。

 公園には子供たちの秘密基地がたくさん有って
その中でボールを追い掛けていた。
 母さんたちは井戸端会議に熱中し、焚火でイモを焼いていた。
そんな暮らしがいつの日か、機械だらけの日常に変わった。
 玄関はいつも開けっ放しだった。
だからいつも誰かが上がり込んで話し込んで行った。
 いたずらすれば近所の喧しいじいちゃんが
誰彼関係無く道の真ん中でもお説教をした。
 駄菓子屋には子供たちが集まって
メンコや籤に熱中した。
 差別するとか仲間外れにするとか誰も思わなかった。
 向こう三軒両隣、醤油や味噌も貸したり借りたり。
 ネットなんて無かったからみんな手紙と電話で繋がっていた。
 年賀状と暑中見舞いは必須の年中行事だったね。
 告白するのも大変だった。
喧嘩するのも大変だった。
 嫌な事件も多かったけど社会が何となくまとまっていたあの頃。
 戻れるのはいつだろう?