俺は高校3年生になった。3年生と言えばやはり受験だ。でも、俺は父親の会社を継ごうかと考えている。特にやりたいことはない。将来の夢もないなら親の会社を継いだ方が親孝行もできるし一石二鳥だ。
 始業式の教室は騒がしかった。まあ、うるさい中に俺もいるだろう。
「なあなあ、お前さ、会社継ぐの?」
前の席の萩原(はぎわら)が振り向いて聞いてきた。
「あー、うん。まあ、夢とかねーし。」
「かっけー。いいなぁ、親が社長っていいよな。俺も社長になりてー!」
萩原は声がでかい。体はさしてでかくないくせに声だけ無駄にでかいから、教室中に広まってしまった。
「え、将吾、社長になんの?」
「マジかよ、藤原(ふじわら)、社長かよ。すげー、金持ち。」
これから1週間はこの話でもちきりだと確信した。
 周りに聞いている人がいるか確認するために振り向くと不意に沢渡凪(さわたりなぎ)と目が合ってしまう。逸らされた。なんだか思いっきりそらされて少し気まずい。でも、顔を赤らめている沢渡はなんだか可愛らしかった。

 家には誰もいなかった。俺の母親は俺が2歳か3歳の時に病気で亡くなっていて俺には父親しかいない。当の父親は社長なのもあって帰りが遅いし、俺と話す機会などほとんどない。
 いつも家にいないのに毎回、この静かな空間に慣れない。独り、世界に孤立しているようで少し寂しい。
 俺は独り、夕飯の支度を始めた。